大ガードの夜景 第8話  『 動いた 』

じんじんは徹夜と休出、疲れて休むと京子が調子悪くて休んでられない、そんな日が
続いていたある日、また大山君が遊びに来ると連絡してきた。
「なんか買って行こうか」と言われたのだが、京子は体重制限をオーバーしていて
ダイエットしなきゃなんないくらいだったので「食べられないから、何も買わないで
おいで、そのかわり来たらちっと買い物行ってよ」と伝えた。
元々京子は骨太筋肉質の体で、見かけの割に体重は多く、一般的な女性の平均体重で
単純に判断されてしまうと「太り過ぎ」という事になってしまう。
それに、出血を恐れるあまり、積極的に体を動かせないでいるので少し節制しないと
ならないのは確かであった。
夕方、ニコニコ顔で現れた大山君はテーブルにドサッと大きな平たい箱を置いた。
それは「東京ばなな(16個入り)」であった。
「・・・」京子はうなだれた。「だからさー・・・きみは日本語わかんないのかい?
私、電話で何て言った? 何も買わないでおいでって言ったでしょ、私食べられない
んだよ、しかも16個って何人で食べるつもり?」そう言われると大山君は少し反省した
様な顔をしたが「冷やすとおいしいんだよね」とおもむろに冷蔵庫を開けると
東京ばななをしまった。京子はしょーがないなーまったくと思いつつも、買い物メモを
大山君に渡し「西友あたりで買って来て、あと、言っとくけど自分の予算だろうが
なんだろうが『よけいな物』は買わないでね。」とクギをさしておいた。そうでも
しておかないと絶対に食後のデザートと称して大量にアイスクリームを買ってくるに
違いないのだ。自分一人で食べるならぜんぜん構わないのだが、他の人も自分と同量
食べる前提で物を買って来るので、必ず大量になってしまうのが常だった。
小一時間して大山君は買い物から帰ってきた。京子は出歩けない事も無いのだが、やはり
重い物なんかを買うのは、ためらってたので、大山君が買い物してきてくれたのは
本当に助かった。「ありがとー」京子はテーブルに並んだ西友の袋から
買ってきてもらった物を出し整理しはじめたのだが、途中、突然動きを止めた。
京子はその時自分の中で何かが崩れて行くのに気づいた。
これは彼の愛情表現のひとつなんだから、むげに怒ったりしちゃイケナイんだと
自分を言い聞かせてきたその堰が崩壊していくのがわかった。
冷凍食品の下から顔を出したのは、まぎれもない、ハーゲンダッツ(大)しかも二つ。
キレた。もう怒鳴る気にもならなかった。険悪なムードだけがあたりを支配していった。
「ただいま〜」残業を終えて帰宅したじんじんはそのただならぬ雰囲気に圧倒された。
京子は堰を切った様に、東京ばななとアイスの事をじんじんに説明し、同時に怒りを
大山君にもぶつけた。それでもその時は大山君も渋い顔をしながらも文句を聞いていたのだが
それから後、京子の文句が絶える事は無かった。食事を終えてもひたすら怒り続ける
京子に今度は大山君が逆ギレ。「一人で処分すればいいんでしょ」と冷蔵庫からアイスと
東京ばななを取り出すと、とっとと平塚へ帰ってしまった。
「自己責任分1/3だけは食べてってよねって言おうと思ってたのに・・・だいたいなんで私が
怒らんなきゃなんないのよ」京子は静まり返った部屋にへたり込むと疲れ切った表情で
呆然とした。「保冷箱も無しで、ありゃ捨てるしかないよな」じんじんは自業自得とは言え
ちょっと大山君がかわいそうだった。

で、何が動いたかって(今回の題名)
七夕の晩、寝ころがってお腹を触っていた京子は何者かが内側から指を押し上げているのに
気づいた。「ねえねえ、ちょっと触っててごらん」すぐにじんじんにも試させた。自分の
気のせいじゃないというのと、腸が動いてるんじゃないよねっていうのを確認して欲しかった
のだった。「ふむふむ」じんじんは微妙だが確実なその動きを感じた。
「こんな早くから、わかるもんなんだ」まだお腹が動くという感じではなくて、注意して
触ってないと分からないほどの微妙な動きではあったが、初めて感じた胎動に
お腹の子がちゃんと育っているという事を実感した二人だった。

-つづく-