大ガードの夜景 第78話  『 あいみん 』

通夜、葬儀は金町にある島村葬儀社のホールで行なわれた。
二日とも予定以上の弔問客でホールはごったがえし、じんじんは焼香の時間以外は
忙しく動き回っていた。
それでも受け付けや、お香典の整理など、みんなが積極的に協力してくれたおかげで
その二日間は何事もなく過ぎていった。
特に目を引いたのは、葬儀の日にお清め処の奥の座敷でひたすらノートPCに向かい
作業していた謎の軍団だろう。
その軍団は、じんじんの同僚達が課長命令に従い「芳名帳」のエクセル化をしていた
のだった。お清め処の奥の座敷で10名近い人間がひたすらノートPCに向かっている図は
かなり異様ではあったが、出来上がったエクセルがどれだけありがたい物かは
葬儀を経験した者ならわかるであろう。
じんじんは後日、そのエクセルのおかげで労せずお香典返しの発送を完了する
ことができたのだった。

そして、葬儀はじんじんの蚊の鳴く様な声の弔辞で終わった。
「この時くらいは、しっかりしていよう」とじんじんは思っていたのだが
みんなで棺にお花を詰め始めた時、京子の姿を目の前にしたとたん、今まで考えない
様にごまかしていた気持ちが思いっきり京子に向いてしまった。
じんじんは泣くのをどう堪えれば良いのかわからなくなってしまい、みんながお花を
詰めている中、部屋の隅に逃げた。
どうにか涙を止める事に成功したものの、京子が小さい時から枕元に置いて大事にして
いたブサイクな蛙のぬいぐるみと、愛用の一枚皮ライディンググローブを京子の胸元に
置いた時は、もう気が狂いそうな状態になっていた。
じんじんはそのまま気持ちを元に戻せず、結局その蚊の鳴く様な情けない弔辞を
「読み上げる」ことになってしまったのだった。
参列してくれた人たちへの「メッセージ」にはほど遠いものだった。

出棺の時、じんじんは京子が病床で
「私の葬式のラストは仙波さんのライブで最後に歌う曲(※1)ね」
とか2割冗談、8割本気で言っていた事を突然思い出した。
もちろんじんじんには今までそんなことを考える余裕は無かったから、そういう
準備はしていなかった。それに、思い出していたとしても出来る事ではなかった。
弔問に来た人でそれを理解してくれる人はほんの一握りで、どちらかといえば
「良識を疑われかねない行為」の部類であった。
たとえ故人の希望であったとしても、だ。

「たのしく〜すごせば〜もうさよならタイムぅ〜・・・」
遺影を持ったじんじんは一人その歌を口ずさみながら、笑った様な怒った様な
泣いた様な変な表情でホールを後にした。

死んだ後のウケまで考えていた京子に笑い
情けない自分に怒り
この気持ちを京子に伝えられない事に泣いた。


京子は四ツ木の火葬場で灰になった。

容器に灰を入れ終わると、じんじんは「もう京子は絶対に戻らないのだ」
という事実を改めてつきつけられた思いがした。
世の中に「絶対に」と言い切れる事柄はあまり無い。
しかし、この不可逆圧縮された京子を見れば「死」は「絶対」の領域のものだと
いやでも認識させられる。
そして改めてそう感じるということは、心のどこか無意識の領域では
「京子が死んだ」という事実を受け入れられない自分が
京子の肉体が目の前にあるということに甘えて「単に寝ているのだ」と
思い込んでいたのかも知れない。
もう、そういう甘えも許されず、京子の死を受け入れざるを得ない状態に
なったのだとじんじんは思った。

葬儀が行なわれた金町のホールに戻ると、まだ「軍団」がエクセルと格闘中であった。
机の上にはプリンター代わりのモバイルFAXから出力されたリストが山になっていた。
「ほんとうにありがとう・・・」
じんじんはそうつぶやくと、繰り上げの初七日法要の席についた。

- つづく -

※1 小川美潮 作詩「あいみん」
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