大ガードの夜景 第71話  『 お見舞い 』

京子は体調の波に合わせ、あれこれじんじんに頼みごとをしていた。
頼みごと、といっても「今ならアレが食べられそうだから買ってきて」とか
「調子悪いから今日は早めに来て」とか「まだ帰らないで」とか
「小春に会いたい」とか、そういうちょっとした内容だ。
しかし、体調の波次第、なので、じんじんが頼まれた物を買ってきても結局
食べられなかったりとか、あわてて来てみれば元気だったりとか
そういう事の方が多かった。
じんじんは、そういうリクエストに応えるために会社休んでいる様なものなので
ホイホイと買い物に走っていたのだが、二月で寒いし、いつもの年なら連日
晴れているはずの冬なのに、雨だったり雪だったりとスッキリしない天気が多く
買い物に出ること自体は少し気が重いのは確かだった。


お見舞い客は、初めぽつぽつくらいだったのだが
じんじんがORPや5252に「あと一カ月かも」という事を書き込んでからは
週末になるとたくさんの人が全国からお見舞いにきてくれた。

せっかく来てくれているし、久しぶりの人もいるのだが
人数が半日で20〜30人と、あまり落ち着いて会話出来る状態ではなかった。
京子は座っているだけで特に何をする訳でもないのに、疲れてしまい
うれしいやら、困ったやら・・・
みんなから元気をもらっても、その分、お見舞い対応で元気使ってしまい
プラマイゼロという感じではあったが、外に出られないでいる京子にとっては
友達が会いにきてくれる事が純粋にうれしかった。

たまに「もうお別れ・・」という様な顔で現れる人もいたが
京子はそういう人間に対しては、どんなに遠くから来てくれていても
あからさまに調子悪そうな顔をして、追い帰した。


週末にたくさんの友達がくれば、自然な成り行きとして
「茶だ」
ということになり、じんじんは面会時間が終わると皆を引き連れ、近所の
日産アプリーテにくっついているロイホに出かけたりしていた。
別に接待しているわけでも無く、夕飯もかねて、と言う感じではあったが
じんじんの方も特に何するわけでもないのに日増しに疲労色を濃くしていた。

そして、長野オリンピックが終わる頃、もう、ちょっと限界、ということで
お見舞いはしばらく無しにして欲しいとネットに書き込みをした。
もちろん全てを拒絶するつもりはないのだが、こうでもしないと週末の嵐は
収まりそうに無かったのだった。


「ともよちゃんが来てるんで、お見舞い行きたいんだけどいいかな」
おっとさんから連絡があったのは、その書き込みをしてまもなくだった。
なにやら報告したいことがあるとかないとかで、二人は病院に現れた。

「八月にね、結婚することにしたの」
おっとさんは、今日買ってきたばかりという指輪を見せながらそう言った。
二人がつきあっているということは知られていたので、別に驚く様な
事でもなかったが指輪も今日買ってきたばかり、ということからして
「婚約」はホヤホヤの新着情報らしい。

今その事を伝えるということは、こういう病人に対してはしづらいことのはずだが
ちゃんと話してくれたことに京子は素直に感謝した。
半年先の事を、こうして厭味無く話せるということは、じんじんが京子にノートを
渡したのと同じ気持ちで二人が接してくれている証拠だった。

それでもやはり「八月」という言葉は、今の京子にはとても重く感じられた。
むくんだ顔の京子は、むくんだ手をともよちゃんに預け、ゆっくりとさすって
もらいながら、その近い様で遠い半年先の結婚式に思いを馳せていた。

- つづく -