大ガードの夜景 第66話  『 息苦しい 』

酸ヶ湯から帰ってから京子はどうも息がすぐ上がる様な気がしていた。
酸ヶ湯に入った時も、単にだるいのとは違って、息苦しくて長湯出来ない様な感じではあった。
ここしばらくマトモに身体を動かしていないから、息が上がる様な事は無かったのだが
酸ヶ湯から戻ってからは、日常生活程度の動きでも息がつらい感じだった。

あまり苦しいので、京子は両親に頼んで厚生年金病院へ連れて行ってもらった。
その日は歩くのもつらくて、院内で車椅子を借りて母親に押してもらう始末だった。
金子医師は話を聞いてはくれたが、聴診器を当てることもないまま、安静にして
ということしか言わなかった。京子母は「こんなに苦しんでいるので、どうにかならないか」
という様な事を言ったが、金子医師は「娘さんは人の5倍も10倍も頑張っているのだから
無理を言わない様に」と答えにならない事を言い、「前回もらった薬を」と京子が言えば
「あんな風邪薬みたいなもの、出しても仕方がない、咳止めは出しておくからそれを飲んで
安静にしていなさい」と言った。
京子は当惑した。この何もしてくれないオッサンに自分の大切な命を預けていたのだ。
やることがあった時はあんなにいろいろ考えてくれていたのに、処置不可となったら
苦痛を和らげようという気はさらさら無いどころか、話をするのもイヤと言わんばかりの
態度だ。入院当時いろいろしてくれたのも単に妊婦のがん患者という珍しい実験台が来た
くらいにしか思っていなかったのではないか、と感じられた。

二月に入るとすぐ、目黒の小さなレストランでたえちゃんの結婚式が行なわれた。
友達無し、仲人無しで親戚だけ2〜30人が集まった。京子もヘロヘロはしていたが
まぁ座っているだけなので、披露宴で妙ちゃんのドレス姿を見る事が出来た。
昔、じんじんは、あの男っ気無し世間知らずのたえちゃんはいったいどこでどういう人
見つけるんだろうと思っていた事もあったが自分が勧めて始めさせたNifty山のフォーラムで
しっかりしたいい人と出会ってくれたので、とてもうれしかった。
京子もたえちゃんがあんないい人と一緒になれるなんて、奇跡的!と言わんばかりであった。
一時期、京子は小春の事もあるし、自分がこんな調子だから家にいてくれと、たえちゃんに
泣きついた事もあったが、結婚出来て良かったという気持ちで一杯だった。

その翌日、京子はまた息苦しく具合が悪い状態になった。でも厚生年金病院へは行く気には
なれず埼玉の三敬病院に電話し状態と金子医師との会話を話してみた。
すると「その状態は明らかに良くないから、近所の医者でいいからすぐ見てもらう様に。
本当にその状態で何も処置してもらえなかったんですか?」という返事だった。
やはり自分の感覚は間違ってなかったのだ。自分が気弱になって甘えて「助けてくれ」
と言っていたのではなくて、客観的に見てヤバい状態だったのだ。
そういう患者がわざわざ1時間かけて目の前に来ているのに、聴診器すら手に取らなかった
様な医者にかかっていたのかと思うと悲しくなって泣けてしまった。

その夜、近所の内科の先生に往診に来てもらった。聴診器を当ててもらったら
肺の半分くらいで呼吸音が聞こえないから水がたまっているかもしれない
ということで、レントゲンを撮ってみたところまさにその通りだった。
水を抜けば呼吸はラクになるはずだから、と新宿の東京医大を紹介してくれ
翌日そこへ行く事になった。

「助かった」
京子は「水がたまっている」という事の重大さより、とにかく苦しい原因がわかって
「それを抜けばとりあえずは楽になる」というのがうれしかった。

- つづく -