大ガードの夜景 第5話  『 びらんびらん 』

「お土産だよ〜」じんじんは出張から帰ってテーブルに小さな紙袋を無造作に置いた。
普段ならあちこち出かけてその土地の旬の物を食べ歩いている二人だが、つわりと出血で
それどころではない日々が続いていた。
じんじんは京子に少しでも季節の感じられる物を食べさせたいと思っていたところ
偶然上野駅のコンコースで山形の業者が売っているさくらんぼを見つけ
出始めでちと高かったが思い切って買ってきたのだった。
「これなら気持ち悪い時でも食べられそうでしょ」じんじんはさくらんぼを冷蔵庫に入れた。
ドアを閉めふりかえると京子が立ったままそれを黙って見ているのに気づいた。
「どしたの」じんじんは京子を引き寄せるとぎゅっと抱きしめた。
「だいじょぶだよー、赤ちゃん元気に生きてるから・・・」
半泣きになっている京子は何も言わなかったが、しばらくそうしていて落ち着いたのか
一言「ありがとう」と言うと、すっとじんじんの胸から離れ夕飯の支度の続きを始めた。
京子には赤ちゃんが心配とか、じんじんが出張ばかりで淋しいとか、そういう思いもあったが
半泣きになったのは、じんじんがさくらんぼを買ってきてくれた、その気持ちが
とてもうれしかったからだった。

いつもの軽い夕食、焼き魚と納豆とかいわゆる朝定食の様な、そんな夕食を終え
二人は早速そのさくらんぼをつまんだ。
「明後日の検診で異常なければ母子手帳ももらえるよ」
「あと二日かぁ、まぁでもその後落ち着いてるんでしょ」
「うん、あ、あと助産婦さんとこで産みたいって事も相談してみる」
京子は自称「出産マニア」(なんだそりゃ)で、出産のスタイルにこだわりを持っていた。
お産の時に不都合があって自分や赤ちゃんに危険があるなら仕方ないけど
そうでないのならなるべく自然な形でお産をしたいという強い希望を持っていた。
具体的には「何も心配無いのに手術室の分娩台で仰向けになって産むのはイヤ」という事。
それで、そういうお産を支援する情報誌なんかから、いわゆる「助産院」を何軒かピックアップ
したりしていたのだった。
「さくらんぼ、おいしい・・・」京子はさくらんぼの甘味とさわやかなすっぱさで
すっかり幸せな気分にひたっていた。

二日後、検診では赤ちゃん元気ということで、めでたく母子手帳をもらえる事になり
助産院の事も出血さえ治まれば心配ないでしょうというコメントももらえたのだが
その日の内診で、止まっていた出血がまた始まってしまった。
出血は一夜明けても止まらず、次の日もう一度産婦人科に行ってみた。
見てもらった結果、子宮口のまわりがびらんしていて、そこからの出血かもしれないとの事。
中からの出血では無いとは言い切れないけれど、赤ちゃんは元気だから心配しないで安静に。
でもびらんについてはあまりひどい様なら検査する必要もあるという事だった。
「びらんが原因なら、外の話だから心配ないんだけどね〜」
まだ二人はお腹の赤ちゃんの無事という事だけしか意識していなかった。

-つづく-