大ガードの夜景 第47話  『 やいま(2) 』

竹富には3泊した。昼間は昼寝するか散歩するか。集落の店で沖縄ぜんざいを食べたり
竹の子で沖縄すばを食べたり。ある日浜へ出てみた。コンドイビーチという竹富では有名
な浜だ。砂浜にはざっと見渡して10人くらいの人がいたであろうか。それでも
「なんか今日は人が多いね」という印象だ。浜の木陰に2〜3人の人がいた。
その人たちは泳ぐでもなくぼーっと海を眺めているようだ。要するに京子達と同種の
人間に見えた。近づくと膝を抱えてじっとしていたのは外人。残りの二人は
京子達より少し年の上の夫婦であった。話を聞いてみると竹富が好きで毎年来ている
との事だった。外人もバックパッカーでなんか知らないけど流れてここまで来たのだ
とか。目の前を麦わら帽子をメット代わりにしたバイクが通り過ぎると竹富好き夫婦の
ダンナが「今日はビーチ人多いね」とぼそっと言った。みんな考えている事は同じだった。
竹富は平らな島であるが中心部にンブフル丘というちょっと高くなった部分がある。
そこに「私設展望台」というのがあるから行くといい、というのを京子が会社の同僚に
聞いていたのでそこへ行ってみた。すると民家の脇にLアングルで組んだ火の見やぐら
の様なものがあった。それが私設展望台らしい。50円が必要らしいのだがいったいどこで
支払うのやら・・・その鉄塔の階段へ近づくと階段脇の民家の窓がガラッと開いた。
中ではオバサンが座っていてその脇に50円と書いた空き缶が置かれている。
そこへ入れろという事らしい。3人はその潮風で思いっきり腐食した鉄塔をおそるおそる
昇ってみた。てっぺんからは竹富島が一望出来てとても気持ちの良い場所ではあったが
風が吹くといつ倒壊しても不思議では無い感じなので早々に下へ降りた。受付(?)の
窓は開かなかった。民宿のおばあは夕食は6時半にするから、と言っていたので宿へ
戻る事にした。途中の小学校の校庭を覗くとじじばばがゲートボールの様な事
(グランドゴルフというらしい)をしていた。見ると民宿のおばあもいるではないか。
時計は18:25。思いっきりヤイマ時間が流れていた。19時頃外でゴソゴソ音がするので
みるとおばあが畑へ野菜を取りに行って来たみたいだった。夕食にありついたのは
それから更に30分後だった。
その夜小春が寝てから二人はまた涼みに外へ出た。天気は良く、もしかしたら南十字
が見えるかもしれない、と赤山丘にあるなごみの塔へ行ってみた。南の空を見ると
からす座はあおぐ程に高く、明らかに南に来ているのだとわかる。ここはもうすぐそこに
北回帰線のある北緯24度なのだ。南十字は地面にいても電柱の高さくらいの所に見えて
いた。南十字の全景を見たのは京子は初めてであったしじんじんもシンガポール出張以来だった。

次の日三人は竹富を離れ石垣から飛行機で与那国へ向かった。YS-11の飛ぶこの路線も
ジェット化する計画があるらしい。与那国島にはタクシーが3台しかない。空港に飛行機が
降りるとこのタクシーが入れかわり立ちかわり乗客を希望の集落へとピストン輸送する
のだ。3人が与那国で泊まったのは「なかたけ荘」という築70年以上の赤瓦の民宿だった。
ここのおばあは3人が着くといきなり「お茶飲まない?」と誘ってきた。良く見ていると
このおばあ、一瞬でもスキを見せるとお茶を勧めてくるようだ。一休みしてから3人は
バスで西崎(イリざき)へと向かった。そこは正真正銘の日本の西の端であった。
日本の最北端は現在宗谷岬であるが択捉島まで含めればそちらのが北であるし、東端に
しても民間人が行ける範囲では納沙布岬だが南鳥島が東端。南も同様に波照間までしか
行けないが沖ノ鳥島が最南端となる。そういう意味でここ与那国の西崎は民間人が普通に
行ける唯一の日本の端と言える。集落から西崎までは歩きなのだが照りつける日差しは
刺さる様にキツかった。ノラ犬も塀の脇に出来たわずかな日陰に沿って歩いている。
小春はベビーカーの中で熟睡中であったが、寝返りも出来ないうちに日本の西端に来て
しまったこの娘の人生はやはりタダではすまなさそうな予感がした。
昼飯はユキさんちという店でカレーを食べるはずだったのだが、ユキさんは松方弘樹とか
いうヤツの別荘のまかないもやっていてその日は店を閉めていた。運悪くその松方弘樹
とかいうヤツも与那国に来ているらしい。竹富で会った二人連れの兄ちゃんと偶然行き
あったのだがその二人もユキさんちへ行ったらしく「松方弘樹ゆるさん!!」と怒っていた。
その夜、京子は前回の検査結果を聞くために病院へ電話した。遠出は禁止と言われて
いる身で、まさかあと150kmで台湾という離島にいるとも言えなかったが結果はシロで
別に何もいわれなかった。クロであればまた病院かと、ヤイマへ来てからも今日迄ビクビク
していた京子であったが日程後半に来てようやくホッと出来た夜だった。
次の日雨だったのでタクシーで東崎(アガリさき)へ行った。風が強くて野良馬もたいして
見ずに帰ってきた。途中スーパーに寄ったらにっくき松方弘樹がいた。

- つづく -