大ガードの夜景 第28話  『 一時帰宅 』

一日おいて京子は吐き気に見舞われた。「う、とうとう来たか・・・」京子は水しか
飲めず、吐き気に耐えていた。しかもヘモグロビンが減っている=貧血だとかで
長時間起きていられなかった。その日は3回の授乳が精一杯だった。
この週末は念願の一時帰宅の予定。こんな調子で許可出なかったらもっと調子悪く
なってしまう・・・京子は少し焦ったが、ゲロゲロなだけという事で土曜日は無事
外泊許可が出た。となると現金なもので、吐き気もおさまってきて、昼食は少し食べる
事ができた。13時の授乳を済ませると、実家のスターレットで迎えに来たじんじんと
家へ向かった。まともに病院の外へ出るのはあの魔の癌宣告の日以来、ほぼ1カ月ぶり
であった。「いやーシャバの空気はうまいね!」京子はるんるん気分で助手席にいたが
家につく直前のコンビニで吐き気が来て吐いてしまった。
「あー、せっかくお昼食べたのに・・・ ま、いっか」吐くとスッキリしたのか京子は
ケロリとしてまた車に乗って来た。
「やー、ついたついた、一ヶ月ぶりだね」マンションの駐車場から部屋へ向かう京子
はニコニコとあたりを眺めまわしていた。が、家に入り、バタンとドアが閉まると
突然京子はじんじんにしがみつき大声で泣き始めた。
あんな悲しいつらい出来事があったのに、あんなかわいい子が生まれたのに
病院じゃ声を押し殺して泣くくらいしかできなかった。そばにじんじんがいても
しがみつく訳にはいかなかった。おっかない婦長もいて弱音なんて吐いてられなかった。
それがここ、我が家では何も気にせず、すべてできるのだ。
京子はこの1カ月にあった、おそらく今までの人生で最大のイベントを乗り越え
ずっとため込んできたその気持ちのすべてを開放した。
夜は自宅から歩いて3分の実家で水炊きをした。幸い、あの吐き気も
あまり襲ってこなくて、おいしいにぎやかな食卓を楽しむ事ができた。
騒々しくて落ち着かないけど居心地の良いメンバー、居心地の良い場所
京子にとって一番の薬になったのはいうまでもない。
日曜日の夕食後、じんじんの運転するスターレットは京子を乗せ、飯田橋の厚生年金
病院へ向け青梅街道を走っていた。20時までに戻らないとまたあの婦長に何を
言われるかわかったものではないので、ちょっと早めに出た。
途中、青梅街道が山手線をくぐるガード -通称「新宿大ガード」- 手前の信号待ち。
正面に見える歌舞伎町のネオンが京子の目にはとてもまぶしく感じられた。

-つづく-