大ガードの夜景 第26話  『 婦長と母乳 』

「長谷さん!検査の時間過ぎてるのに何やってんの?」
京子は突然婦長に怒鳴られ、反射的に謝ってしまった。「検査午前中だったっけか・・」
言われるがままに検査室へ向かったが、確か午後だったはずで怒鳴られたのは何か納得行かなかった。
検査を終わらせてベッドに戻った京子はノートを確認したが、やはり13時からと書いてある。
ナースステーションに行って13時からじゃなかったのかと聞いてみたら、昨日の晩に先生の都合で
変更になっていたらしい。その連絡が京子の所へ伝わってなかったのだった。
「くそー婦長め・・」どうも京子は婦長に嫌われているらしく何かにつけて文句を言われていた。
小春は未熟児室から新生児室へ移っていたが未熟児貧血と心音に雑音があるということで
小児科の先生の勧めで退院せずにいたのだが、それに対しても通院で済ませられるのにとか
病院を託児所代わりにしてるとかブツブツといちゃもんをつけてくるのだ。
京子としては別に自分の都合でそうしている訳ではなくて先生の勧めでそうしていた訳で
全然怖くはなかったが、とにかく煩わしかった。
「長谷さん、次の検査は遅刻しないでよ。先生だって分刻みで予定入れてるんだから迷惑・・」
「あのー」京子は婦長の言葉をさえぎった。
「時間の変更の連絡してくんなかったのはそっちなんですけど・・・看護婦のミスで遅れたのに
患者のせいにしないで欲しいですね。分刻みで予定入れるのは勝手ですけど・・・」
「あら、そうだったの。ごめんなさいね。」婦長は一応謝ったがホントに一応だった。

 小春もだいぶ成長してきてそろそろ直接母乳が飲めそうな感じになってきた。京子は先生に相談して
直母(直接母乳与える事)okの許可をもらった。喜びいさんで授乳しに行くと、またあの婦長が
立ちはだかった。
「長谷さん、直母するべきじゃないわ。あなたは病気なのよ、これからどういう治療するのか
わかってないわけじゃないでしょ。すぐ母乳は止める事になるし、直母始めると止めるのも大変だし
ホルモンの影響で病気進むかもしれないし、とにかくそんなことしてないで病気治すのに専念しなきゃ
・・・先生はどうしてもって頼まれるといいって言っちゃうけど、私は許可しませんからね」
またか。
「別に頼んでなんかないよ、していいかって聞いたらいいって言われただけだよ・・・」京子は婦長と
話すのもイヤだったので、その場は別の看護婦にミルクの調合を頼み授乳をした。

  京子は次の日先生にその事を相談した。が、先生としても自分が女性ではないので授乳で
どの程度体力使うのかなどが感覚としてわからない事や、やはり新生児抱いた癌患者というのを
ほとんど相手にした事がない事などから自信なさげだった。結局は婦長の自信アリアリの態度に
押されたという感じで、直母は、やめたほうが良いという話に落ち着いてしまった。
先生も自分としてハッキリ言えないのはもどかしいらしくイイワケの様にこう言った。
「この病院はこの程度だという事で・・・」
それを聞いた京子は先生があまりに頼りない感じだったので母乳止めるのとは別の話として
「仮にも命預けているんだから患者が不安になるような言動はやめて欲しい」と伝えて話を終えた。

婦長としても別に京子にイヤガラセをしようとして、そう言ってきたのではないという事は
京子もわかってはいたので、しぶしぶだが従う事にした。
京子としても強引に直母したいという訳でもないのだが、一度「いい」と言われた事をすぐに
撤回されたので何か納得いかない気がしてならなかった。
今回の件だって先生が単独で判断できないなら看護婦と相談してちゃんと意見合わせて
「これこれこーゆーことでやめた方が良い」とはじめ初めから言ってくれれば良かったのだ。

まあ先生としては「医学的に言えば特に問題ないので、二つ返事で許可した」けれど
その後のケアとか総合的に長い目で見ると患者の心理的体力的な負担が大きいという婦長の
意見ももっともなので、訂正した、という感じなのだろうと京子は善意に解釈した。

- つづく -