大ガードの夜景 第20話  『 明日っすか? 』

パンチの結果は10日位で出るとは聞かされていたが、具体的な日は言われていなかった。
ただ、結果が出次第、病院から連絡するという事だったので、検査から一週間がたつと
「今日か今日か」と京子は落ち着かなくなっていた。よりによってそんな気分の時に
ちょっと多めに出血してしまった京子は、あわてて豊島先生に電話した。
が、出血については「今は止まっている」という事を伝えると「それなら、まずは平気
だから」という事で豊島先生は、続けて「さっき金子先生から電話があって、これから長谷
さんの所に連絡するって言ってたから、今行き違いになってるかもしれないのですぐ電話
する様に」と言った。京子はすぐ「結果が出たんだ」とピンときた。そして「豊島先生が
何も言ってくれないということは、いい結果では無かったんだ」とも同時に思った。
京子は電子手帳を震える手で操作すると、厚生年金病院に電話してみた。
「結果は明日お伝えできますから一応念のため入院の準備をして午前中に来てください。」
「もうダメだ」京子は台所の床にヘタりこんでしまった。「お母さんに何て言えばいいん
だろう・・・明日がんだって言われて、入院させられて、はるちゃん取り出して、ガン
切って・・・次に家に帰ってくる時ははるちゃん抱いてるのかな・・・その前に私
帰って来られるのかな・・・」京子の頭にはそんなことが、次から次へと浮かんで来て
最後に「じんじんさん、ごめんなさい」という言葉で思考は停止した。
しばらくうつむいてへたりこんでいた京子は、まだ結果聞いたわけじゃないさ!と無理やり
気持ちを立て直すと、入院の準備にとりかかった。「がんです、って言われたら何て言う
んだろう、やっぱ『がーん』か!? ははは」もう笑うしか無い、といった心境で京子は
カバンの中の荷物をチェックした。以前の賛育会断続入院事件以来、すぐに入院できる様に
大体の物はカバンにつめてあった。
11月20日、京子とじんじんは厚生年金病院の産婦人科外来で名前を呼ばれるのを待って
いた。行き交う妊婦はみなうれしそうな顔に見えた。もちろんトラブルを抱えて来ている人も
いるではあろうが、自分のそれと比べたらきっと軽いに違いない。京子はそんな事を思って
いたものだから、余計に他の妊婦の顔が幸せな表情に見えた。
「あなたは先日お会いしたばかりだけど、とてもしっかりした人だし、最近はちゃんと
伝えるというのが基本姿勢なので、はっきり申し上げますが、残念ながら癌でした。」
さすがの産婦人科の部長先生も、京子とはまともに視線を交わすことは出来ない様子で
伏目がちに続けた。「がんにもね表面から出来る扁平上皮がんと、内側にできる腺がんと
いうのがあるんですが、あなたの場合は悪性の腺がんです。子宮の入り口に出来ているので
子宮頸がん、という事になりますね。妊娠中に見つかる頸部腺がんというのは、とても
症例が少なくて、私も30年子宮がんを見て来ていますが、あなたで3例目です。」金子先生は
メモ用紙に子宮の絵を書きながら説明をした。
で、一刻も早く処置しなければならないのですが、お腹には赤ちゃんがいる。赤ちゃんが
お腹にいるまま治療はできませんから、明日、帝王切開で出産という事にします。」
「へ?」「明日?ですか?」二人はがんだと言われた事より、明日産むという事に驚いて
意識が飛んでしまった。「もう34週ですから、未熟児ではあるけど心配はないですよ」
先生はがんの治療については、帝王切開の時に患部の状態も見て、他にも検査をして方針を
決めたいのでまた後でゆっくり話し合いましょう、と話を打ち切り、明日の出産のための
検査へ行く様二人を促した。「うんうん、ほんとにしっかりしてる人だね・・・大抵の人はね
がんだって聞くと多かれ少なかれ取り乱してしまうものなんだけど、あなたはしっかり私の
話を受け止めてくれているし、本当にえらいと思いますよ。これからは生まれて来る赤ちゃんの
ためにもしっかり病気治して生きて行かなきゃならないんだから、今の気持ちを忘れないで
がんばりましょうね。私たちも全力で協力しますから。」金子先生はそうしめくくった。
二人は「よろしくお願いします」と礼をして、診察室を出て検査へと向かった。
検査の結果、赤ちゃんは推定2200g、まず出産については問題ないという事になった。
単なる不調でつまらない妊婦生活をしていた京子も、がんを宣告され感傷に浸って泣く間も
無く出産という大仕事を目の前につきつけられ、いやがおうにも気丈にならざるを
えなかった。二人の、いや、三人の新しい生活が、明日スタートするのであった。

-つづく-