大ガードの夜景 第1話  『 ラストラン 』

京子はフェリーの乗船手続き用紙を持ったまま、いつもなら見もしない
壁の注意書きに見入っていた。
ごちゃごちゃ書かれているどうでもいい様な注意事項の中に
気になる一文を見つけたからだった。
「妊娠している方、また妊娠している可能性のある方は係員にお申し出ください。」

北陸から広島へ、そして大分に上陸して別府から湯布院、阿蘇を抜け
鹿児島から屋久島を往復したこの五月連休ツーリングも
ここ宮崎から川崎へのフェリーで終わろうとしていた。

京子が「そうかもしれない」と気づいたのはツーリングに出かけてからだった。
それが本当なら、長時間バイクに乗るなんて事は明らかに良くないとは思った。
それでも一緒に走っていたじんじんには何も告げずにここまで走ってきたのは
しばらくはこんなツーリングも出来なくなるという淋しさと
これくらいの事でダメになってしまう様なわが子であってほしく無いという思いからだった。

「そんな事言ったって、もう2000kmも走ってきちゃったんだよ」
京子は壁の注意書きにそう言い放つと、無言で手続きの列に並んだ。

20時間のフェリーの旅は何事も無く終わり、二人は排ガスが充満する薄暗い車両甲板から外に出た。
無事川崎の地面に足を着いた二人は、まぶしい午後の日差しに目をしょぼつかせながら
「じゃ最後家迄気をつけて」の言葉を交わす。
そして新小岩の自宅へ向かって二人のツーリング「最後」の区間を走りはじめた。

二人には子供はいなかったがこの春に「そろそろ」ということで「解禁」していたので
じんじんにも「これでロングツーリングもしばらくおあずけかもしれない」
という思いはあった。普段なら下道で帰る所、羽田のランプから首都高に上がり
浜崎橋からレインボーフリッジ経由、湾岸、荒川を走ったのもそんな思いからだった。

一週間ぶりに走る東京は連休中ということもあってか、意外と流れも良く順調に走る事が出来た。
きついループから一気にかけのぼったレインボーブリッジからは晴海ごしに東京の下町が見える。
じんじんは眼下に広がる東京を眺め「たのしかったね」とヘルメットの中で京子に声をかけた。

車で積むのも大変そうな大量のキャンプ道具を満載した2台の赤いバイクは
中央環状の直線を飛ばすと船堀ランプの坂に吸い込まれる様に首都高を降り
そして新小岩の雑踏の中へと消えていった。

-つづく-