大ガードの夜景 第10話  『 大病院 』

タクシーに乗り病院の名前を告げると「おめでたですか」と老人運転手は聞いてきた。
賛育会は、このあたりでは有名な産婦人科専門の病院らしい。
「ええ、まあ」じんじんは言葉を濁した。
「堕ろしに行くんだったらヤバい質問だよなぁ」二人はコソコソ話をしたが、老人運転手は
耳が遠いらしく反応しなかった。耳が遠いって・・・タクシーなんか転がしてていいのか?
このタクシー、止めた時の動きからして危なっかしかったが、乗ってみるとその運転は
すさまじいものがあった。「これでいいんだったら私にも二種を終身免許でよこせ」
じんじんはそう思った。なにしろ、まず真っ直ぐ進まない。車線変更の時にぜんぜん見て無い。
車線変更始めて、後ろから車来てるのにびびって戻るといった動作を何回も繰り返していた。
「とりあえず落ち葉マークつけるべきだね」病院についた二人は無事たどりついてホッとしていた。
タクシーの運転手も年代物だったが、その病院もかなりの年代物だった。
大きさとしては町の総合病院クラスだが、中は何から何まで"チョー"レトロだった。
京子が乗った内診台もかなりの年代物で、もしかしたら戦前から使ってるかも、という
乗り心地。京子は足を広げた悲しいポーズのまま先生を待った。が、担当の先生は
まだ他の患者と話をしていてなかなか来ない。その間にも足を広げた向こうを病院のスタッフが
何人も通過していく・・・「うー、私の股間は見せ物か? これだから大病院はヤなのよ・・・」
その間にもドロドロと流血しているのが感触で分かった。
やっと担当の斉藤医師が現れた、が、開口一番「こりゃひどいなぁ・・」
「またか」京子は医者のデリカシーのなさに嫌気がさした。まあでも、とても妊婦の股間には
見えないほどの血の海地獄と化しているのだろう事は察しがついたので、あまり深く考える事は
しなかった。しかし斉藤先生は意外と優しく今まで通っていた新小岩の産婦人科よりは
ずっと良かった。
診察の結果、とにかく出血が止まらないと検査も出来ないから、すぐ入院してもらって
血が止まるのを待ちましょう、との事で、京子はそのまま入院になってしまった。
じんじんは入院に必要な荷物をまとめに家に戻った。丁度お昼直前で京子は早速病院の
食事をもらう事になったのだが、まだ部屋が準備できておらず、陣痛室で食事を取った。
「陣痛ってどんな感じなんだろう・・・」京子はこのままだときっと帝王切開で
陣痛は体験することが無いんじゃないかと、ぼんやり思った。
午後に京子が通された病室は、女子校の修学旅行を思い出す様なにぎやかな連中のいる部屋
だった。更に母子同室なので騒がしさは相当な物だ。みんな特に異常があって入院している
のではなくて、出産後のお休みみたいな物なので、雰囲気も穏やかだった。
京子は重苦しい病人のいる部屋に通されると思っていたので、気が抜けてしまった。
自分も流血はしているものの他は元気だったので、そういう明るい部屋は歓迎だった。
昼食の感じからすると、食事も良さそうだし、おやつも出るし、家事からは開放されるし
入院とは言え、京子はかなり喜んでいたのだった。
じんじんはといえば、疲れてて会社休んだのに病院を連れ回され、荷物を運び、疲労度を
増している様子だった。「ま、とにかく血ぃでも止めてくれたまへ」じんじんは夕方荷物を
持ってくるとそんな事を言って帰って行った。

-つづく-