サーキットのイヌ 第三幕  「首都高200mph指令」

(2)でるかもROMの限界



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「用賀デニーズ」の巻

湾岸線でRX-7が燃えた日から約一カ月が過ぎた。IPHは星君と何回もGT-Rの
セッティング出しに走りに出かけていた。そしてGT-RのROMは
「でるかも95 OSR2.1」にまでバージョンアップされていた。
星君はROMのバージョンアップ差分をホームページにアップしていたのだが
IPHはインターネットにアクセスする手段を持っていなかったため
テストランの度に星君はファミコンROMライターで焼いたROMを
持って来なければならなかった。

その夜IPHと星くんは、じんじんと用賀のデニーズで待ち合わせをしていたのだが
じんじんはまだ来ていない様子なので駐車場でゴソゴソ車をいじっていた。

「だいぶ動作も安定してきたし、今回からUSBにも対応してるんだよ」
星君はROMの出来に自信ありげだった。
「USB?」IPHは無線のモードの話かと思って首をひねった。
IPHがコンピュータとバイクにうといのはなおっていない。
なにしろ世の中はそろそろWindows2000が出るかというのにIPHは
HP200LXでようやくDOSのなんたるかを理解しかけている所なのだ。
「ここのUSBポートにジョイスティックつなげば、それでブースト圧とか
走行モードとか制御出来るし、ROMをフラッシュにしてUSBモデムつなげば
インターネット経由でROMのアップデートも出来る様になるよ」
「ふぅ-ん」IPHはまだ良く理解出来ない様だ。
「あとこうしてパソコンにつなげば走行中のデータもリアルタイムで取り込める
からROMのバージョンアップもやりやすいんだ。」
星君がノートパソコンとGTRをUSBケーブルでつないだ。
『不明なデバイス・・・』
星君のノートパソコンはなにやらインストールを開始したが突然GTRのエンジンが
止まってしまった。「あれ?」セルを回してもかからない。
「あー固まってる」星君はパソコンをリセットし、ポケットからボールペンを取り出すと
GTRのダッシュボードにある小さい穴をつついた。
「やっぱUSBはまだ動作が不安定だな-、でるかも98になってからだな-」
「だめなら差すなよ-」
ROMがリセットされるとGTRは無事息をふきかえした。
 

「バイクのが速い?」の巻

10分位するとじんじんが現れたので3人はデニーズに入りコーヒーを注文した。

「だいたいさー、じんじんのバイクってそんなに速いのか?」
IPHはいまいち納得行かない様子でじんじんに話しかけた。
以前じんじんがお茶の時に乗ってきたブラックバードというバイクは
見たところフルカウルの普通のバイクで、またがってみても
「ちと大きめかな」
という感じがするだけで、とてもGT-Rより速く走る様には思えなかったのだった。
「フォーミュラだってパリダカだってドラッグだって車のが速いじゃん」
IPHは付け加えた。
「そーねー、レースの世界ではねー、でも市販車なら大抵バイクのが速いんじゃない?
市販車でリッターバイクより速く走るとなると千万単位の金がいると思うけど・・・」
「そーなぁーん」
「そういえばさ、うちの会社の後輩が、ブラックバード乗ってるんだけど東名で車にカマ
掘っちゃったんだってぇ」
「何、渋滞につっこんだとか?」
「いや-相手も走ってて・・・真ん中車線にトラックがいてさ相手は右側から
後輩は左側からそのトラックを抜きつつ真ん中に車線変更したら、その相手も
真ん中に移ってて、で、避けきれずにつっこんじゃったんだと。まあ速度差は
2〜30キロってとこらしいんだけどね。」
「2〜30キロ差でも高速じゃ結構怖いな」
「そーなんだよ『高速』で走ってたから」
「『高速』?」
「そのカマ掘られた車は、ぶつかられた時250位で走ってたんだってさ」
「!!ぶつかった方が250じゃなくて、ぶつかられた方??」
「そう」
「・・・そのバイク何馬力あるんだっけ」
「164馬力」
「!!バイクって大きくても70馬力位じゃなかったっけか?」
「それって国内向けのナナハンだろ-BMJのVMAXだって145あるよ」
「・・・」
IPHはバイクの実力をあなどっていた。なにしろ思っていた2倍以上の馬力なのだ。
IPHはすかさず重さも聞くとパワーウエイトレシオを計算してGT-Rのそれと比べた。
IPHのGT-RはROMが「でるかも95」になって馬力は400馬力(希望)
にまでアップしていたが、それでも3.8kg/PSといった所。
それに対してじんじんのバイクは1.3kg/PSであった。
「だめかもしんない」
IPHは走る前から戦意を喪失した。
 

「第三京浜て意外と短い」の巻

IPH達は2,3回コーヒーをお代わりしたあと、デニーズを出て第三京浜に向かった。
東京の西側に住んでいる者にとっては結構メジャーなこの道も、城東地区の人間は
めったに使う事が無い。まあ、西側の人間が京葉道路を使わないのと似た様な物か。
IPHも第三京浜にGT-Rを持ち込むのは初めてだった。
「終点に料金所があって、出てすぐ左にパーキングあるから、そこで一度止まろう」
じんじんはそう言うとブラックバードのエンジンをかけた。巨大なサイレンサーの
おかげでパワーのわりに静かなバイクだ。IPHは排気音からもその速さを想像できず
まだ納得していない様子だった。
2台は環八を南下、ほどなく第三京浜の入り口に入った。インターチェンジの導入路
の様にぐるり270度回る。じんじんはギアをローにまで落とし、ゆっくりと回って
いった。特に他意は無く、単にバイクに慣れてないのでコーナーが怖いだけだった。
導入路を周りきり、目の前にガラガラの直線が現れる。2台はフル加速に移った。
ブラックバードは1速でレッドまで引っ張ると速度は既に120キロに達した。
GTRが2速リミット100キロに達する頃、ブラックバードはもう2速160キロ
を越え、3速に。GT-Rが3速で加速し始めた頃には、200キロの大台に乗って
最初の右コーナーに隠れていた。
「げげげ-、ぜんぜん追いつかないじゃないか!ほんとにROM変わったのか?」
IPHはブラックバードの加速に愕然とした。じんじんが一般道で楽勝200オーバー
だと言っていたのは本当だったのだと今頃確信していた。
「ほよよ-あれでノーマルだもんなー速いよね」星くんは全然動じていなかった。

IPHはチラホラ走る一般車をかき分ける様にしてブラックバードを追った。
都築ICを通過するあたりで左車線を流すブラックバードにようやく追いつく。
GT-Rは「チャンス!」とばかり一気に離しにかかるが、ブラックバードは
いともカンタンにGT-Rの後ろにはりついてきた。2台はそのまま250まで加速。
GT-Rはそろそろ加速が鈍ってくるあたりだ。
港北IC手前でブラックバードがGT-Rに並ぶ。IC直後の直線が見えたところで
ブラックバードはその速度域から更に猛然と加速しGT-Rを一気に引き離してしまった。
「ほよ-」
さすがの星くんも驚きを隠せなかった。
「あそこからあの加速するって、どーゆー仕組みになってんだ!」
IPHは別の意味で納得行かない様子だった。

視界からじんじんのブラックバードが消えるころ、IPHは背後から追い上げて来る
車の気配を感じた。バックミラーでは確認出来ないが、確実に追い上げて来る気配・・・
「もしや・・・」
次の瞬間、右のドアミラーに写った丸目2灯のヘッドライトが悪魔の目に見えた。
「!」
一瞬にして抜いて行ったが、IPHと星くんの目にはその姿がハッキリと焼きついた。
その車は
まるで
くるおしく
身をよじる様に
走ると
言う・・・
L28改ツインターボ実速300キロ、悪魔のS30フェアレディZ。
いくら踏んでも遠ざかっていくその後ろ姿は走る者を魅了する・・・

IPHはそのあとブラックバードも悪魔のZも見ることなく料金所ゲートを迎えた。
「あれ-もう終わりか-何分くらいだった?」
「ほよほよ、5分くらいだよ」

第三京浜は安くて道もいいが、最高速を求める連中には短過ぎる道だった。
 

「保土ヶ谷PAにて」 の巻

保土ヶ谷PAに入ると、そこいら中バイクだらけで車は駐車するのが大変だった。
IPHは止める場所が無いので仕方なく導入路の脇にGTRを止めて売店の方に歩いて行った。
「早かったなーさすがGTRだよな。ところで環八-保土ヶ谷と料金所-売店どっちが時間くった?」
「だってとめらんないじゃん!」
3人は缶コーヒーを買うとぶらぶらしながら集まっているバイクを見ていった。
一時期に比べるとレーサーレプリカはめっきり減って、ネイキッドのカスタムバイク
それも大排気量のバイクが増えた。アメリカンも一大勢力を作っている。
「なんだか知らないバイクばっかだなー、みんな同じじゃねーのか?」
IPHはCBR,FZR,TZR,NSR,ZZR,GSXRと末尾にRがつくバイクしか知らなかった。
「これもRがつくから覚えとけよ」じんじんはXJR1300を差して言った。
「1300なのかー、これも250キロから加速するのか?」「これはそんなに出ないだろなー
だいたいカウル無しでそんなに出したら風圧すごいって!」
少し歩くとちょっと人だかりしているバイクがあった。3人が近づいてみるとそれは
ハヤブサのヨシムラコンプリートマシンだった。
「げげ、もうこんなの走ってるのか?」
「なになに- すごいの? これ」
「おれも良く知らないんだけど、200馬力くらいあるらしいよ」
「なんだノーマルのGTRより少ないじゃん」
「良く言うよ164馬力にブッチされたくせに・・・」
「ん? なにこれ」
星君が指さした「ヨシムラ」の文字の後ろには「アキコ」と小さく書かれている。
「!」3人は動きが止まった。それは5252のあっちゃんの名前だった。
「もしかして知り合いのバイクか?」
「あのーどいてくれませんか」
その時バイクにたかっている人をかきわける様に持ち主らしき人間が現れた。
ボロボロのツナギにステッカーだらけのメット、とてもこのバイクの持ち主には
見えないその人物はふりかえった3人を見ると・・・
「あ、ぺっちさん! また会いましたねー」
「げげっ新聞少年!」
「おまえ、大型取ったのか?」
「はいー」
「で、こんなバイク良く買う金あったな、250万くらいすんだろこれ」
「頭金3000円の120回払いですー」
「なんだそりゃ、利息でもう一台買えそうだな」
「最高速チャレンジした?」
「こないだアクアラインで350キロメーターふりきって0キロ差してましたから
実速でも340位行ってるかもしれないですねー、浮島からうみほたるまで2分でしたよー
わはは!」
「!?メーター一回転するの??」
「ホントかよ、メーターこわれてんじゃねーの? 一回転するってとこが怪しいぞ。」
「海ほたるまで2分て、あのトンネル10キロくらいなかったか?」
IPHと星君は顔を見合わせた。もう「でるかも98」どころのレベルではなくなっている。
ビジネスユースを見据えてADバン用に開発した「でるかもNT4.0」の安定性をもった
次世代ROM「でるかも2000Pro」の開発を急がねば・・・
しかし、340キロとなると1360馬力のR34がニュージーランドで達成した記録が
346キロだから、そうやすやすと出来るレベルでは無さそうだ。
「湾岸は最高速だけじゃないって! 中速からのぶっといトルクが物をいうのさ!」
IPHは湾岸MIDNIGHTで覚えたセリフをそのまま使っていた。
「じゃあ、行ってみますか? 本牧回って湾岸東行き、葛西から中央環状北上して
小菅から6号で八潮ゴールのTAX集合ってのは?」
「お、いつのまに首都高覚えたんだ? じゃーそれでいくぞ」
4人がスタートすると分かると、まわりが騒がしくなった。なにしろウワサのヨシムラ
マシンが全開走行するのが見られるのだ。人だかりは一気に消え、保土ヶ谷PAは
エンジンを始動するバイクの音で騒然とした雰囲気につつまれた。
「おいおい、なんかすごい事になってるみたいだなー」車に戻るIPHは響きわたる
バイクの音に後ろを振り返りながら言った。
「ほよ、ヤツラついてこないよねー」さすがの星君も心配な様子。
TAX八潮までの首都高バトルの行方は!?
 

「GTR湾岸東行きで完敗」 の巻

新聞少年のハヤブサを先頭に、じんじんのブラックバード、IPHのGTRが続いてPAを出た。
IPHはのっけから全開かとピクピクしながら後をついて行ったのだが、首都高に入って料金所で
500円払った後も別にどうってことないスピードで前の二台は走っていた。
「おー、なんかおせーぞ」IPHは前の二台の遅さにイライラしていたが、新聞少年にしても
じんじんにしても別に他意は無くて単にコーナーにびびっているだけなのであった。IPHは前の
2台が遅い事より後ろから迫るバイクの大群にあおられている気がしていたのであった。
IPHがバックミラーで確認出来る距離にはバイクしかいない、というくらいの列になって
保土ヶ谷PAにいた連中がついて来ているのだ。

動きはベイブリッジで起きた。本牧JCTでキツめの導入路をベイブリッジに向かって
上って行く新聞少年の背中が突然丸くなったかと思うとハヤブサは甲高いエキゾーストを残して
見る見るうちに小さくなっていった。
「あっ、きったねー!!」IPHはあわててシフトダウンするとフル加速に移った。弓なりになって
向こう側が見えないベイブリッジのてっぺんではジャンプするのではないかと思えるスピードで
坂を駆け上がるGTR。と左右から数台のバイクがそれをごぼう抜きしていく・・・
「わわわ、なんでこうも簡単に抜かれるわけ!?べた踏みだぞ!」IPHはまるで自分が80キロ
巡行しているかの様な錯覚に陥ったが、メーターはとうの昔に180を振り切って、頼りは
フロントガラスに投影されるデジタルメーターだけになっていた。
じんじんもフル加速で新聞少年を追った。橋の最上部にさしかかる時、ジャンプこそしなかった
ものの一瞬体が重力から開放され、全身がトリ肌に覆われた様な感覚に襲われた。そしてその一瞬は
ロードノイズすら消えた様に感じた。
IPHがベイブリッジの最上部にさしかかると、橋を駆け降りた数台のバイクのテルーランプが
パラパラと点滅し右へ消えつつあった。

ベイブリッジを渡り緩い右コーナーを回るとそこから川崎航路トンネルまで8kmもの直線が続く。
つばさ橋からの下りを全開で走る爽快感は首都圏随一の物であろう。IPHのGTRも追い風下り坂
参考記録ながらも過去最高のメーター285キロを記録した。「280越えたぞ!」「でももう
レブリミッター直前だよ-」隣でパソコンを開いていた星君もいつになく緊張した目つきになって
モニターと外を交互に見ていた。さすがにその速度についてくるバイクは少なくなっていたが
それでもIPHの前後には数台のリッターバイクが走っていた。しかし、新聞少年やじんじんの姿は
もうどこにあるのすら分からなくなっていた。
その頃じんじんもカウルに伏せたまま、アクセルを全開にしていた。メーターの針は300を
越えた所で止まっていたが、新聞少年のハヤブサのテールは明らかに遠ざかっていった。
「うー・・かなわないのは分かってたけど、これほどだとは・・・」その速度差はママチャリで
スクーターを追いかけている様なものであった。

新聞少年は、完全にぶっちぎりなのを確認すると、大井の料金所ゲートでバイクを右端に寄せて
後続を待った。じんじんのブラックバードをはじめ、ZX9RやZZR1100
YZF-R1,ファイアーブレードといったバイクが次々とゲートからフル加速して行く。
それらの一群に遅れる事30秒ほどでIPHのGTRが姿を現した。
IPHも止まっている新聞少年には気づかずフル加速していったので、新聞少年も後を追った。
新聞少年は、東京港トンネル入り口の右カーブへ向かって減速したIPHのテールに、はりつく様に迫った。
「ありゃ、あいつどっかで待ってたな!くっそー完全にナメられてる!」IPHはトンネルの
下り坂をベタ踏みで加速したが、新聞少年は一向に離れなかった。それどころか、スリップを抜けた
新聞少年はIPHの右に並ぶと、チラリと運転席を覗き、コーーンというエクゾーストとともに
消えて行った。「そこまでやるか!あいつ降りたらただしゃおかねー」IPHは怒りに燃えたが
さすがに台場線の合流の後は車が多くなって来てGTRは一気に減速を余儀なくされた。

その頃、9号腺を3-4台の車が、やはり200キロを越えるスピードで湾岸に向かって
南下していた。
 

「アキオ再び」 の巻
 
IPHのGTRが辰巳JCTを通過する時、上から明らかに速そうなエクゾーストが聞こえてきた。
「?」IPHと星君は少しスピードを落としまわりを見回すと、9号線を南下してきた何台かが
後方から迫ってくるのが見えた。と、思った瞬間、それらの車はものすごい風きり音と共に
GTRを左右から抜き去った。「わわっ」「なんだ今の」「ポルシェ、R32GTR、Z、あとは?」
「わかんなかった、先頭の車でしょ、赤くてなんかドラッグレーサーみたいだったけど」
「ミッドシップでかなりデカいエンジン積んでる感じだったね」IPHは既に戦意喪失していて
アクセルは緩みっぱなしだった。ベタ踏みにしたところでおいていかれるのは同じなのだ。

「なんぴとたりとも・・ってのは何のまんがだったかな、"F"だったか? ふふふ」
学徒君は不敵な笑いでルームミラーに収まっている悪魔のZを見ていた。悪魔のZが学徒君の
スリップから抜けようとすると「ふふん」と学徒君はアクセルを踏み呆気なくZを引き離した。
「アキオ、動揺してるぞ・・動きが粗い・・」黒いポルシェターボに乗るブラックバードは
Zの斜め後方で零奈のR32GTRと並びZの動きに注目していた。
4台は1時間程前から束になって湾岸-中央環状-9号の大ループを左回りで周回していたが
学徒君はその間一度も湾岸最速と言われるその3台を前に出していなかった。

葛西JCTの手前で少し車が多くなると、4台はペースダウン。そこにIPHが追いついてきた。
「おっ、あの車だ」IPHが指さすと星君が先頭の車のリアを見て「ほよ-、あのテールランプ
プレッソだよ-」と驚いてるのに驚いてない様な声をあげた。「え?エスプレッソ?」
「でも抜いて行った時はなんか別の車に見えたケド・・だってエンジン後ろに積んでたよ」
学徒君が3台を完璧に押さえていたのは、圧倒的なパワー差もあるが、バイクをも思わせる
見事なすり抜けによる所も大きかった。葛西JCTから中央環状荒川線に入ろうとする車の
列が見えると、学徒君は150キロ以上で左側の路側帯につっこんで行った。
「うわー、そこに行くか!!」それを見ていたIPHは驚きの声を上げた。

その車は
くるおしく
身をよじりながら
すり抜けると
言う・・・

どんなに追い詰めてもカンタンにすり抜けて行ってしまう、そのずるがしこさに悪魔のZも
かなり手こずっている様子だった。学徒君の4WSを駆使した車線変更のキレは見る者を魅了した。

その頃、荒川線を北上していたじんじんの前でCBRがかつしかハープ橋のS字を曲がり切れず
壁に激突、バイクもろとも中土手へダイブしてしまうという事故が起きていた。
じんじんはバイクを止めて下を見たが、暗くて良く見えないもののCBRのテールが赤く光っているのが
分かった。「だめかも・・」じんじんはメットを脱ぎ携帯から119番へ通報、そのままバイクに戻ろうと
すると、はるか彼方から明らかに飛ばしている車のエクゾーストが聞こえて来た。
「お、速そう・・」じんじんはハープ橋の手前まで歩いて行くと南をじっとみつめた。
平井大橋ランプ南のゆるいカーブからヘッドライトが見えてわずか十数秒、それらの車はハープ橋に
到達した。急激な減速でタイヤが悲鳴と煙を上げる・・じんじんはつっこまれやしないかと
壁にはりついてしまった。「ひいい、橋越えると車線規制だよぉ・・」じんじんは200キロで
ハープ橋のS字コーナーをカニ走りしていく4台を見送った。
S字出口の立ち上がり、シフトをミスした学徒君にZが並んだ。「ちいいっ」学徒君は
フブキユーヤの物真似をする余裕を見せながらも、あわてて加速に移る。前方は一車線規制で
学徒君の前はあいているが、Zは右へ寄らなければならなかった。
「行ける、今度は裏切らないよな・・・」アキオは過去2回も同じシチュエーションで車線減少の
矢印カンバンにつっこみ車を壊しているのだった。

ズ、ズズ・・・

1台分先行したものの、Zの車体は右を向かなかった。
「ア、アキオ!」
バギャという鈍い音と共にZは路面に置かれた矢印カンバンをはねとばし、スピンしながら
工事現場へと突っ込んで行った。飛ばされたカンバンが学徒君の頭上をかすめる・・・
二百数十キロでコントロールを失った車体は工事用車両を弾き飛ばし、左右の壁にぶつかりながら
数百メートルに渡ってねじれるブラックマークを残した。
ブラックバードと零奈が、やっと動きを止めたZに駆け寄る中
学徒君のエクゾーストがはるか遠ざかって行った。
 

「かつしかハープ橋の真実」 の巻

「やった!」橋の向こうにはじけ飛んだ矢印看板を見たじんじんは、バイクのエンジンを
かけるとすぐに現場へ向かった。1車線規制が始まるあたりは車は通れるものの、イロイロな
ものが散乱していて危なっかしかった。じんじんが通過したあとも、通過する時に何か
はねとばしている車がいた。
アキオはZの中でニヤけていた。「やはり主人公は死なないのかー」「主人公じゃないっしょ」
Zは運良く横転しなかったため、あの速度から事故したわりには損害は少なかった様だった。

「なんだなんだ?」ゴミが散らばる現場をIPHはノロノロとスラロームしていき
じんじんのバイクの先に車を止めた。「あー事故ったんだー」「でも車線規制のとこから?」
「あんなに先まで」「行っちゃうモン?」IPHは星君と顔を見合わせた。
二人は歩いてZの方へ行こうといたが、その時散乱した物を避けながら来たトラックが
路肩に止まっている数台の車に気を取られてZに気づかずつっこんできた。
くふぉ〜〜・・
トラックは急ブレーキしたが車体は横を向き、横転してしまった。
「ひい-」「倒れた-」びっくりしている間に、後続車が次々とその横たわったトラックに
向かって来た。そのうち数台はそのままトラックの横腹につっこみ、運良く止まれた車も
後続車にオカマほられたりで、車線はどんどん埋まって行った。

「あ、ぺっち」
横たわったトラックの向こうからじんじんが歩いて来た。
「じんじん!これどこまでつづくんだ?」「最後尾まで行く?」「でもヘタに動くと
突っ込まれるから、ここにいた方がいいんじゃないか?」3人はおそるおそる、車線規制の
あたりまで車と車の間を進んだ。もう、何台が事故って何台が無事なのかぜんぜん分からない。
深夜でさほど交通量が多く無かったものの、車の海は既にハープ橋の真ん中あたりまで延びていた。
「あれハデだなー」じんじんが指さした最後尾では、車を運ぶトレーラーが
前の軽を飲み込んで押しつぶす様に止まっていた。幸い軽の運転手までは潰され無かった
様で運転手は割れた窓からもがきながら脱出中であった。
「お、速そう・・」平井大橋の向こうから、飛ばしている車の音が聞こえて来た。
「ヤバいんじゃないか?」「奥に逃げよう・・」しかし、3人が奥へ逃げる前に
その速そうな車のヘッドライトがこちらを照らした。
「・・・・!」
向かって来た車は3台で競り合っていて、まともに減速出来ないまま、おそらく200キロ近い
スピードでそのトレーラーへと突っ込んで行った。ガシャ!!
ぶつかった!と思ったそれらの車は、トレーラーの荷台を駆け上がっていた。
「と、飛んだ!?」3台は次々とトレーラーの荷台をジャンプ台にして空中へ放りだされ
放り出された車の先にはハープ橋を支える鋼鉄のワイヤーが待ち受けていた。

ボン・・ボロン・・

3台は壁を転がる様にして次々と数本のワイヤーにぶつかりながら本線上に落下してきた。
「鳴ったよな!」「鳴った鳴った!!」じんじんとIPHはハープ橋のワイヤーが
車で弾かれる音を聞いたのだった。
「やっぱさすがハープ橋だよな!もしかして音響設計までされてたか!?」
じんじんがそう言って振り向くとIPHはもうおかしくて地面に突っ伏したままヒクヒクしている。
「マジで、鳴った・・・」
「ほよ?」星君は何がおかしいのかわからないまま立ち尽くしていた。
 

「伝説のカウンタックLP400」 の巻

そのころぶっちぎりでTAX八潮にゴールしていた新聞少年は地面に腰を下ろし
缶コーヒーをすすっていた。
「遅すぎる・・ いくらこのハヤブサが速いといっても・・」
新聞少年は、この時間差が速度差から来るものではない事をイチイチ考えないと
判断出来ないらしい。
「遅い・・・何か事故でもあったのかなぁ」
まずはそこから考えてしかるべき、という予想が最後に出るあたりが
新聞少年の愚かさであった。
その時、グボボボ・・・という大排気量ハイチューン車のエグゾーストが
新聞少年の耳に入ってきた。
八潮ランプの方からTAXの前の県道をこちらに走って来ている様だった。
「なんだろう・・耳慣れない音だけど・・」
新聞少年は立ち上がると道に迄出て左の方を見た。
ハイワッテージのゴールドバルブの青黄色い光が小刻みに震えながらこちらに
近づいて来る。よっぽど足をガチガチに固めているのであろう。
逆光になって車種はわからないが赤いボディで音から受ける印象ほど大きい車には
見えなかった。
「・・・」
新聞少年はじっとその車が近づいて来るのを見ていたが20mほど手前で
突然ハイビームにされ、うわっ、と後ずさりし、ひっくり返ってしまった。
「あたたた・・・」
ゴボゴボゴボゴボ・・・
気づくとその車は、尻もちをついた新聞少年をゴールドバルブの光で照らし
真ん前で停まっていた。
グボン!!
「ひぃ・・」
一発空ぶかしされた新聞少年は逃げる様に路肩へと退いた。
見れば、その車は別に新聞少年を脅かすためにこちらに来たのではなく
単に左折したかっただけの様だ。
まがろうとしたら路地の真ん中でしりもちついた新聞少年がいて
先に行けないだけだった。
新聞少年が退くとその車は少年の横にまで移動し再び停まった。
「ぷ、プレッソ・・!??」新聞少年はおびえきった目でその車の運転席を見た。
思いっきりスモークの入ったガラスが音も無く降りると、学徒君が「やあ」
と顔を出した。
「こんなとこでなにしてんの?」
異様なまでの迫力の車で現れた学徒君は拍子抜けするような、か弱い声で
新聞少年に話しかけた。

学徒君は新聞少年の話を聞くと、多分S30Zが事故ったから、それで通れなくなったか
ヤジ馬しているのだろう、とそれまでのいきさつを話した。

「わりーわりーハープ橋のハープ演奏聞いててさー」
IPHやじんじん達がTAXに現れたのはそれから1時間も後だった。
「ほよー学徒君もいるんだー、なにープレッソの点検持ち込み?」
GTRの窓から星君が顔出して学徒君に言った。
「ナラシに出たら途中で悪魔のZとかブラックバードにあっちゃって思いっきり
ぶんまわしちゃったからさ-TAXでガレージ借りようかと思って」
「ほよ-ナラシ? こないだあげたエンジンまさかそのプレッソに積んだの!??」
「ゲッ!あの車やっぱプレッソだったんか!!??」
IPHは湾岸で悪魔のZの先を走っていたナゾの車がこの目の前にあるプレッソだと
いう事が理解出来なかった。それほどまでに恐ろしい迫力だったのだ。
とても1800ccの国産車では出ないあの迫力、そう、12気筒のイタリアンスーパーカー
ですら、あの迫力は出ないかも、という位だったのだ。
「ほよ-・・・積んでるよ・・・」
珍しく機敏な動きでGTRから飛び出した星君はプレッソの運転席背後にほぼむき出しで
鎮座しているランボルギーニ製のV型12気筒5.6リッターエンジンに見入っていた。
プレッソの屋根後半分は切り取られ、サニートラックが荷台にエンジン積んでる状態
に限りなく近かった。
「ほらーバイクなんかもエンジンにタイヤつけただけ、みたいなモンじゃん
  そーゆーのが速いかなーと思ってねー」
みんなその狂気に満ちたプレッソにただただ見入るばかりであった。

エンジンの出所の話はおおむね以下の様なものだった。
TAX八潮の少し戸ヶ崎寄りにある中古車屋の奥に地元では有名な伝説の
カウンタックLP400が放置されている。
何カ月か前に突然その持ち主が
「LP400は店のカンバンになればいいからエンジンあげるよ、もう動かさないし」
とTAXにカウンタックの中身だけ持ち込んだらしい。で、星君ももらったはいいけど
やっぱ使い道なくて処分に困りそれを学徒君に押しつけていた
という事なのだそうだ。
「それにしても動かさないからって人の店にエンジン持ち込むって!?何!?
それ受け入れる星君も人がいいとかそういうレベル超越してる気もするけど・・」
元の持ち主と星君の意味不明な行動にじんじんはあきれた。
「カウンタックのエンジンなんて珍しいじゃん・・だからついつい・・」
「あのカウンタック、本物だったんだ・・・絶対ハリボテだと思ってたのに・・」
じんじんやIPHの間だけでなく地元ではあの不動カウンタックが本物かどうかは
何かにつけて論議されるものの、誰一人として確かめる事もないまま20年が
過ぎていたのだった。

「それにしても・・・」
IPHはしげしげと改造プレッソを見ながら言った。
「前後バランスムチャクチャ悪くないか? これ・・よくウイリーしないな・・」
確かにプレッソの運転席の後ろは、すぐリアタイヤで、ミッドシップというより
リアエンジンに近い積み方だった。
「そーでもないよ、ポルシェみたいに後ろに載せても平気なんだから
重心が車軸より前にあるだけマシなんじゃない?? もともとカウンタックのエンジンて
ミッションの位置とかしっかり考えて作ってあるし・・・」
「NAなの?」
「リビルドのTD06を4基積んでるよ、3気筒で1ターボ」
「クワッドかよ!!そんなの出来るのか!? てゆーか場所あるのかよ・・」
IPHは運転席のドアを開けて絶句した。
まるでエンジンルームを開けたかの様なものすごい熱気だ。
それもそのはず、シートの真後ろには何の仕切りもなくむき出しのエンジンと
ターボの配管なんかがモロに見えているのだ・・・
「・・・」
「暑いでしょ、150くらいで走ってると熱気はみんな後ろに行ってくれるんだけど
それ割ってくると結構暑いね・・」
「下限150かよ・・」
「メーターはハヤブサのやつ流用ね、アクアラインで全開にしたら振り切って
0指してたから実速でも340は行ってるんじゃない?」
「でしょでしょー0指すんだって!」
横から覗き込んでいた新聞少年が自分と同じ体験談に興奮ぎみに割り込んできた。

「時速200マイル楽勝オーバー・・・」
IPHは星君のでるかもROM程度でこのような狂気のマシンと張り合う気には
ならなかった。
「よーし・・BNR32で200マイルやるぞ! ソフトだけじゃなくてハードも手いれるぞ!」
IPHは星君に首都高200mph指令を発した。
「ほーーー、ハードもねー・・・ペンティアム4オーバークロックで2.7GHz
にでもする? ノースウッドのやつこないだ買ったし・・」
「制御コンピュータパワーUPしてどーすんのよ・・」IPHは星君をどついた。

あの北見チューンの二台 -悪魔のZとブラックバード-を抑えたという
このプレッソに星オートチューンのR32のGTRがどこまで迫れるというのか!?

− つづく −


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