「・・・これはいったい・・・」
新聞少年は数年ぶりに訪れたお台場付近の変貌に驚ききょろきょろしながら
バイクを走らせていた。
以前自分が東京に住んでいた時、このあたりは荒涼とした空き地の広がる
不気味でさえある所だった。とても人が集まる様な場所ではなかった。
だからこそ毎週末の深夜にバイクをレーサーのごとく走らせる事ができたのだった。
新聞少年が塩尻に戻ってからの数年にレインボーブリッジは完成、ゆりかもめも開通
フジテレビも移転、国際展示場完成、湾岸エリアの変貌の速度は新聞少年の想像を
はるかに越えていた。マンションや学校まであるのだ。
当時工事中であったのだからそこに何かが出来ても不思議ではないのだが、これほどの
環境がこの短時間に完成するとは彼には思えなかったのである。
道ももちろん変わってしまい、彼は通い慣れたはずのエリアで完全にロストポジション
していた。やっとの思いでお台場海浜公園にたどりついた彼はバイクを止め
しばし道行く人に目をやった。
当時ならまずこのあたりに足を踏み入れる事は無いであろう家族連れやカップルなど
明かに一般ピープルが行き交っていた。
10分くらいであろうか、彼はただ呆然とその風景に見入っていたのだが
行き交う人の中に見覚えのある顔を発見した。
「あ、ぺっちさん」
「?おー、新聞少年じゃーん」
IPHはさかねちゃんQちゃん達とケーキ食べ放題をしてブラついていた所だった。
「何、知り合い?」
さかねちゃんは新聞少年の格好−薄汚れた皮ツナギにステッカーだらけのメット−
をジロジロ見て言った。
「ああ、昔このへんで週末走ってたんだよな」
「はい、今は走れないんですか?」
「どーかなー、町になっちゃったから走ってるヤツいないと思うけど
最近夜中は来てないからわかんねーや、何、今どこ住んでんの?長野の方の実家に
戻るとかいってたけど」
「まだ塩尻の実家にいます。今日はツーリングがてら 久々に来てみたんです。」
「ずいぶん変わったよなー」
「はいー」
「オメーはぜんぜん変わってないみたいだな〜」
「はいー」
IPHと新聞少年はしばらく立ち話をし、今夜湾岸を走るからと夜に
学徒君のとこ−鈴木会計事務所−で会おうという事にして別れた。
IPHはGT−Rを手に入れ「ノーマルから変えねー」
とか言ってたのにいつのまにかリミッターを解除し夜な夜な首都高湾岸線あたりに
出没していたのだった。
更に時を同じくして学徒君もプレッソを最高速重視のマシンに仕立てていて
IPHはそれに刺激されたのか、GT−Rをいろいろイジりはじめて
しまったのだった。
今夜はIPHが星オートセンターROM改造部に作らせたGT−R用
「パワーでるかもROM Ver3.1」の試運転にくりだす予定なのだ。
このROMで350ps(希望値)になるという。
「鈴木会計事務所にて」の巻
その夜鈴木会計事務所の地下ガレージには、のり、ヤスコ、IPH、星君が集まった。
学徒君のプレッソを見ながらあーだこーだと話をしている。
学徒君のプレッソは4WD等の重い装備を外しエンジンは2.3リッターに
ボアアップ、ツインターボを装備して最高速度は250km/hというデキだ。
これに対してIPHのパワーでるかもROM GT−Rがどこまで迫れるかが
今夜の見どころだった。なにしろROMは星君がホームページを作る片手間に
手がけたというシロモノなので、あくまでも「でるかも」なのだ。
「プレッソなんてブッチだよ、ほよよ〜」
星君はあくまで自信ありげでヘラヘラと笑っている。
「新聞少年だよ〜」
そのときやっと新聞少年が現れた。第一声は相変わらず同じだ。
彼はもともと宿を取らずにこの鈴木会計事務所のガレージに寝泊まりするつもりで
上京してきたとの事。ずうずうしいというか何も考えていないヤツだ。
新聞少年はNSRから下ろした荷物をガレージの片隅に置くとプレッソのそばに
やってきた。
「今夜はどこ走るんですか?」
「ん〜首都高湾岸線、千鳥町から大黒PAまでかな」
IPHが答えた。
「まっすぐなとこばっかですね〜」
「だって最高速チャレンジすんだもんアタリマエじゃん」
「新聞少年はつばさ橋なんて知らないんじゃねーのか?」
「どこですか、それ」
「湾岸線ってね、羽田の先も横浜まで延びたんだよ、その途中の橋」
「そーなんですかー」
新聞少年は昼間から湾岸地域に関して浦島太郎状態が続いていた。
「そろそろ出かけるか〜」
みんなは会計事務所を出てそれぞれ車にのりこんだ。
新聞少年はのりのプレッソに、星君はIPHのGT−R
ヤスコはBMW535、学徒君は自分のプレッソに乗った。
「首都高湾岸線 市川PA」の巻
みんなはまず首都高湾岸線と東関道のつなぎ目あたりにあるPAに向かった。
そのPAは湾岸線西行きにあり、ちゃんと入るには大分千葉よりの入り口まで
行って高速に乗らないと行けないのだが、外部から金網をよじ登って
入り込む事ができるのだった。
そこには週末の夜にになると湾岸線で最高速を楽しむ車(主に千葉方面から)が
集結して、ある時間になると一斉に首都高へ繰り出していくのであった。
「おーいるいる」裏から金網を登ってPAに入ったみんなは集結している
車を見ながらウロウロした。
ほとんどが国産で280psのパワーを売り物にしている大排気量車ばかりで
レビンやスターレット、シビックといったバシコーで見かけた車は
見当たらない。
当然みんなイロイロ改造してあって、マフラーの口径も100Φや120Φ
といった大口径のものが取り付けられていた。
後ろ向きに止めてあったフェアレディのマフラーを見たIPHが
しゃがみこんで何か言っている。
「でけー、ほらほらゲンコもらくしょー入るぜー」
「IPHもこーゆーのつける?」星君が商売気を出すがIPHは
「うるさくすると近所迷惑になって夜中車出せなくなるから」
そういう改造はしないのだそうだ。
「ノーマルから変えないんでしょ」ヤスコに言われてしまった。
「そーそー、良く知ってるじゃぁん」
午前1時をまわった頃、突然PAの中が騒がしくなってきた。
みんな出動するべくエンジンを始動し始めたのだ。
高架下にあるPAなので、ボンボン言う排気音が響きわたり、あたりは異様な雰囲気に
包まれた。
「お、そろそろスタートだ、車に戻ろう」
みんなはまた金網を越えて車に戻り、首都高東端の入り口「千鳥町」に
向かった。
「湾岸線200キロバトル」の巻
東関道、首都高湾岸線と平行する国道357を東京方面に進む。
市川で東関道は首都高となるのだが、ここからは湾岸線には入れないため
もう一つ東京寄りの千鳥町から首都高へ乗る事になる。
今では走るヤツがいるのかどうかわからないバシコーの北側を通る時
IPHは数年前良くここに通った事を思い出していた。
バシコーの情報を教えてくれたはださんも、今では父親になり
通勤途中に自転車を車に投げつけてケンカを売る様な事は無くなったという。
4台はようやく千鳥町の入り口に到着した。ゲートで700円を支払い
導入路を加速していくと、数百メートル手前の本線料近所から
フル加速してきた車の一団が200キロを越えるスピードで通り過ぎていった。
それを見た学徒君のプレッソはシフトダウン、フル加速でその一団を追った。
続いてIPHのGT−R、ヤスコのBMW、のりのプレッソはシフトをミスり
アウアウしている。
10秒後、先行の2台は200キロオーバーの領域に達していた。
しかし、市川PAからの一団は見えない。
千鳥町から浦安の右コーナーまではほとんど直線が続くので一般の車さえ
いなければ簡単に最高速が出る。
学徒君、IPHは浦安の出口横をほぼ最高速の250キロで通過。
ヤスコのBMWはさすがに200キロを越えたあたりで加速は鈍化し
少し遅れていた。「ひえー、もう伸びないよー」ヤスコはそんなにアクセルふんだ事が
無かったのでBMWのパワー感にビビリながらも必死について行く。
「ほほー、レスポンスいいわ」コーナーに向かって減速しながらIPHは
パワーでるかもROMVer3.1のデキに感心していた。
学徒君はそのまま最高速で浦安のディズニーコーナーをクリア、葛西JCT手前で
市川PAからの一団の最後尾に追いついた。
荒川の橋の上、先まで見渡せる位置に来ると学徒君は200キロ近いスピードで
3車線をフルに使って一般車を避けながら夢の島を通過していった。
さすがに速度差100キロとなると一般車はまるでパイロンの様だ。
学徒君が避けて行った一般車に遮られスピードダウンした市川PAからの一団に
IPH、しばらくしてヤスコがおいつく。一気に100キロまで減速。
ブレーキを踏みすぎたIPHのGT−Rが左右に振られる。
「あぶねー、ブレーキ踏み方忘れちゃってた」
一般車を利用して一団の先頭に躍り出た学徒君も辰巳JCTの手前でトラックに
車線をふさがれ減速を余儀なくされた。
トラックの後ろについて、まるでトンネルの様になっている辰巳JCTをくぐった後
学徒君は9号線から合流してきた黒いポルシェターボとS30のフェアレディを見た。
「あ、あれは・・・」
首都高最速といわれる通称ブラックバードのポルシェと魔のZ。
目の前にいたトラックが左に車線変更すると、学徒君のプレッソはその2台の後ろに
付く形となった。まだ3台の前には一般のトラックがいて速度は120キロくらい。
東雲のゆるい左コーナーを抜けた時、3台の前にいたトラックの壁が無くなり
目の前に東京港トンネルまでの約5キロの直線が現れた。
ブラックバードと魔のZは全開で加速。学徒君もまけじと追うがみるみる間に
2台は小さくなっていく。学徒君のプレッソがいくら改造しているとは言え
最高速度300キロオーバーを誇る2台とは性能が違いすぎた。
「・・・」
学徒君が東京港トンネルを250キロで下って行く頃、2台はフルブレーキの後
大井JCTを通り1号線へと消えていった。
学徒君は東京港トンネル出口で減速、トンネルを抜けた後のコーナーをクリア
すると大井の直線をまた猛然と加速していった。
速度はやはり250を越えたあたりで頭打ち、アクセルはもう床まで踏み込んだ
状態だった。「これじゃダメだ・・・」学徒君はプレッソに限界を感じた。
「バグ!」の巻
「あーうー、いったい何キロで走ってるんだ・・・」
学徒君が大井の直線を全開で走っているころ、のりのプレッソは辰巳JCTを
リミッター効かせながら走っていた。
それでも後から来た湾岸族の車に何回ブチ抜かれたか分からないほどだった。
「ふふふ、これだと僕のNSRより遅いかもしれないですね。」
助手席の新聞少年はニヤニヤしていった。
IPHとヤスコは湾岸族の連中とダンゴになって東京港トンネルを抜け
大井の直線にかかっていた。まばらに走る一般車を避けながら激しい加減速を
続けていたがIPHがGT−Rの不審な動作に気づいた。
「おー、これなんかおかしーぞ、最高速から200位まで減速したあとはパワーが
出なくて加速しないけど、いったん150くらいまで落としてからだとまた
最高速までスムーズに引っ張れる・・・」
IPHの話を聞いていた星君はしばらく「ほよ〜」とか言って考えていたが
突然「あ、わかった。」と手をポンと打った。
「バグだよそれ。きっと」
「ば、バグぅ?」IPHは呆れてしまった。
「今度のバージョンアップでなおしとくから」
星君は「あってあたりまえだよ〜」てな感じで全然気にしてない様子だった。
「おーい、暴走するなんて事無いだろーなー命に関わるぜぃ」
「湾岸線の罠」の巻
IPH達の一団が羽田空港横のトンネル区間に差しかかった時、少し車がバラけた。
一団の先頭を走っていたRX−7とR33GTRが競り合って少し一団を
引き離した。2台はしばらくそのまま付かず離れず走っていたが、トンネル内の
ゆるい右コーナーにさしかかった時、GTRが減速。RX−7は離れていくGTRを
バックミラーで見ていた。
「くくく、ついて来れまい」と視線を前に戻すとそこには横浜線への料金所ゲートが
迫っていた。RX−7はフルブレーキしたがゲートはものすごい勢いで迫ってくる。
RX−7のメーターが180まで落ちてきた時、すでにゲートまでの距離は100m
を切っていた。
「!」
料金所に並んでいた車の列を避けようとハンドルを切ったRX−7はそのまま
スピンし、ゲートに激突。
その時ゲートの裏で皆を待っていた学徒君のまわりに爆音と共にRX−7のパーツが
降ってきた。
「な、なんだ?」学徒君は一瞬体をすくめた。
「うわー燃えてる〜」
後から来たIPH達はゲートの手前で車を端に寄せると車から下りてゲートに激突し
炎上するRX−7に駆け寄った。
RX−7と幸いにも無人だった料金所は無残に壊れ、RX−7のドライバーは火の中
だった。
「大黒PAにて」の巻
結局羽田の料金所での事故の一部始終を見物したので4台が大黒PAに到着したのは
4時をまわっていた。
既に「音圧」関係の車はほとんどが引き上げていて、PAはガランとした感じだった。
「やっぱ学徒君の無謀な走りにはついていけないな〜、最高速は同じくらいだった
かな〜。」「でも湾岸族の連中にはついて行けてたよ」「あ、途中でブラックバードの
ポルシェと魔のZ見たんだけど、とてつもなく速かったよ」「へー、やつらも走って
たんだ。」「おれも前、220くらいで走ってるとき、バビュって抜かれた事ある。」
「なにしろ環状線で300キロ出すらしいからな、ヤツら」
「おれプレッソに見切り付けようと思って・・・やっぱ元が1800じゃ限界あるよ」
「ほよよ、うちで世話しよーか、スープラなんかどう?」「いーかもねー」
「でもバグありじゃな〜」「僕も大型免許取ってリッターバイクで挑戦しようかな」
「バイクならノーマルで楽勝250は出るかもね」「いやいや、最近のは250からの
加速がイイらしいから」「そういえばじんじんがブラックバード手に入れたって」
「じゃあROMのデバッグ終わったら走って見るか」「ROM変えたくらいじゃ
追いつけないと思いますけど・・・」
まずはGT−RのパワーでるかもROMのデバッグが先決だという結論(?)で
皆は家に帰る事になった。
− つづく −