大ガードの夜景 第72話  『 Newマシーン 』

ある日、じんじんが病院へ行くと京子のベッド脇に新しい装置が置かれていた。
「なにこれ?」
見るとそこから延びたコードは京子のパジャマの裾から胸の方へ行っている。
そのコードとは関係無いが、反対に襟の所には点滴の管が降りてきていて
鎖骨下静脈のCVPカテーテルにつながっており、どれもじゃまな感じだった。
「心電モニターだって。無線で飛ばしてナースステーションでモニターしてるみたい」
「ふーん・・・」
アリガチな装置だったので、じんじんは別に気にも留めなかった。
その装置が付けられた意味を数日後に知る事になるとは、当然、思いもしなかった。

「ひなまつり帰宅出来そう?」
じんじんは病室の奥にあるビニール張りのベンチソファーにドカッと腰掛けると
京子にそう聞いた。
「今のところ状態も安定してるし、酸素吸入やりながらならだいじょぶだと思うって
清水先生言ってたよ」
京子は首の後ろから鼻に延びている酸素吸入パイプの位置を直しながら続けた。
「ボンベとか一式、すぐ借りられるみたいだし・・別にいつでもいいみたい・・」
「そか、じゃ3日に帰って、4日の晩までって感じで一泊かな」
「そーだねー」
そこまで話すと二人はTVに目を移した。
二人はしばらく無言でTVを眺めていたが京子はすぐに寝息をたてはじめ
じんじんは京子が寝たのをチラと見、すぐまたTVに目を戻した。
TVでは昼間の時間帯にありがちなカレーやこんにゃく畑のCMが流れていた。

三月になり、明日、京子が外泊で帰ってくるのでじんじんは京子の実家へ
準備をしに行った。準備といっても、居間を片づけて二階のベッドをそこに移す
という作業だ。京子は状態が安定しているとは言っても、椅子で長時間座って居られる
ほどではないので、みんなと夕食をする時以外はベッドが必要であった。
ダイニングではテーブルを使っていたので、布団では低すぎて皆と話しづらかったのだ。
実家の準備が終わると、アパートへ戻りひな人形を飾った。
大きくない物を選んだつもりだったが、広げてみるとかなり大きかった。

一通り準備が出来た所で、じんじんは病院へ向かった。
病室には明日から使う酸素ボンベが用意されていた。小さなカートに載せて
カラカラと引きずって移動するタイプだ。話によると以前の物は単純なバルブで
酸素出しっぱなしにするため、一本で数時間しか持たなかったのだが、今の物は
息を吸う時の負圧を検出し、その時だけバルブを開くので15時間程度もつらしい。
一泊なので、予備を含めて3本用意してあった。
「ちょっと練習で使ってみたけど、なんか面白いよ」
ボンベをいじっているじんじんに京子はニコニコしながらそう言った。
「呼吸に合わせて、スピッスピッって酸素が来るの」
「ふーん・・」
じんじんは両手でびろーんと伸ばしていたパイプをぐるぐると巻き、カートの把手に
引っかけると、奥のソファーにどっかと腰を降ろした。
「あーつかれた。ベッド下におろしといたからね。あんなの持って階段降りたの
何年ぶりかなぁ」じんじんは大学時代に引っ越しのバイトをやっていたので
その手の作業には慣れていたのだが、高々ベッド一つ移動させただけで妙に疲れたらしい。

「で、許可証もらった?」
じんじんは思い出した様にそう言うと、だらしなく背もたれによっかかっらせていた上体を
グッと起こした。
「許可自体は明日の回診次第だから、もらってはいないよ。紙はあるけど・・」
京子はワゴンを引き寄せると、上に載せてあった外泊申請の用紙を取りペラペラと振った。
「あーそーだね・・・許可は明日か・・・」
「あとで書いてくれてもいいよ、別に」
「まだ何も書いてないのか」
「・・・」
そこまで話すと二人はまたTVに目を移した。
なぜかまたこんにゃく畑のCMが流れていた。

- つづく -