大ガードの夜景 第6話  『 シンデレラ 』

じんじんは海外の仕事から国内の仕事に移って、随分出張が増えた。
各地の携帯電話会社が9600bps「高速」データ通信のサービスを開始するので
じんじんはドコモ向けに作ったデータアダプタ(携帯につなげるモデムみたいなもの)を
他の携帯電話会社向けに作り直す仕事をしていた。
ツーカーとかデジタルホン(今のJ-PHONE)なんて言っても、東京、東海、関西と会社が
分かれていて、同じ製品なのにそれぞれ別々に仕様を言ってくるものだから、じんじんは
アタマ狂いそうになりながら全国を奔走していた。営業の人間はデータ通信てナンダみたいな
人間ばっかで、技術部なのに商談までつきあって、一人でツーカー3社、デジホン3社、IDO、セルラー
の8社相手・・・しかも携帯電話本体の開発グループの一人としてそれをやっていたので
そっちで人が足りないと駆り出されたりしていた。
「来週いっぱいまた大阪〜」今度はツーカーの新機種導入評価で下っぱ連れて試験しに行くらしい。
来週なんて言っても月曜の朝から試験開始なので日曜の晩には大阪入りしていなければならない。
「またシンデレラごっこだなぁ」この手の出張はたまにあったので
京子は時々東京駅の新幹線ホームまで見送りに行っていたのだった。
日曜最終付近の新幹線ホームは週末らぶらぶしていた遠距離恋愛のカップルが
別れを惜しんでいる姿がたくさん見られた。
その日もホームにはカップルがたくさんいて、抱き合ってたり、キスしてたり・・・
京子はホームに上がると「やってるやってる!」とキョロキョロしながら喜んでいた。
「みんな大変だぁ〜ね」あくまでシンデレラエキスプレス「ごっこ」の二人は他に比べると
お気楽な立場ではあった。京子の最大の楽しみは、ドアが閉まる直前になるとドアというドアで
電車の中とホームの上とで手をつないでるのがズラーッと並ぶのを見る事だった。
「そりゃ壮観な眺めだよ」電車の側面に沿って見ると鏡合わせした時の様に見えるらしい。
二人は周りのカップルの様な深刻さは無かったが、それでも一週間会えないのは同じで
「マネしよ、まねまね〜」とみんなに混ざって堂々としかも濃厚なキスをしてたりするのだった。
出発直前、じんじんは自由席のホーム側の一席に座りホームにいる京子と向かい合って
携帯でしゃべっていた。その頃はまだ通話料も高くて、今ほどは携帯を持っている人間が
いなかった時だから、それはかなり怪しい光景だったに違いない。じんじんの隣ではサラリーマン風の
オヤジが新聞広げながらも怪訝そうな目で様子をうかがっている。「席で携帯使うなよ」という
目ではない。明らかに「なにやってんだろ」という目。そして電話からは京子の声。
「おーっあいつらさっきからドアのとこでキスしたまんま離れないよ、ドアに顔挟まれないか!?」
別れを惜しむ周りのカップルとのコントラストはかなりのものだったに違いない・・・
そのまま話し続けるとキリないので、電話を終わらせると、今度は身振りと口パク。
京子は電車の長さ方向を見て、いつもの様にドアのとこで手つないでいるのがズラーっだ。
と言っている様子。そのゼスチャーを見たのか「ぷっ」と隣のオヤジが吹いた。
そして発車のベル。ホームの緊張感は一気に高まる。
京子はさっきのカップルがまだキスしたままだと言っている様子。
口をとんがらかして、ほっぺたを手でチョップ。訳は「そのままドアに挟まれちゃえ!」
電車が動き始めると京子はいつもの笑顔で両手投げキッスして手を振った。
京子はホーム上、笑顔で手を振り続けていた。じんじんの乗った車両が視界から消えても
手は振ったままだった。「いってらっしゃーい」電車と船の違いはあったがそれは礼文島の
あるユースで覚えた旅人を見送る作法にも似ていた。ホーム上一人手を振る京子。
いつもの笑顔はいつのまにか、くしゃくしゃの泣き顔になっていた。

-つづく-