大ガードの夜景 第69話  『 丸山ワクチン 』

京子は入院してすぐ、厚生年金病院時代に一緒の部屋にいた二人の「がん友達」に電話して
入院までのことをあれこれ話していたのだが、その二人が早速お見舞いに来てくれた。

一人は京子が厚生年金病院に来た時、既に転移があって抗ガン剤の静脈注射を受け
スキンヘッド化していた加藤さん、もう一人は京子より少し前に子宮全摘手術を受けた佐藤さん。
二人とも京子より先に厚生年金病院を退院していて、会うのは久しぶりだった。
当時はバンダナで頭を隠していた加藤さんも、ボーイッシュなヘアスタイル、で通るくらいに
髪の毛が復活していた。

二人とも退院後は再発防止にいろいろトライしていたのだが、加藤さんはその中でも
「丸山ワクチン」を始めてから調子が上向いているという。
この丸山ワクチンも有名ではあるが、がんの治療方法として確立している訳ではなく
医者によっては民間療法と同じ範疇の物と考えている人もいる。
しかし加藤さんは「今からでも是非」と、パンフレットのコピー等を持ってきてくれていた。

「あと一カ月」「やる事無し」と言われている人間にとっては、うれしい話だった。
京子も退院後いろいろやってきた訳だが、いろいろありすぎるし、とにかくアヤシイものが
多すぎてイヤけがさしていた。
何より「経口モノ」はもう体力的に限界と感じていて、その点、丸山ワクチンは注射なので
行けるかも、とは思っていた。
ただやはり「注射してくれる医師が必要」とか(わずかではあるけど)敷居が高い
ので着手出来ないでいた所だった。が、今は入院してしまっているので、先生さえOKであれば
やりやすい環境にいるんだと気づいた。これは、やらない話は無い。
京子は早速、主治医の清水医師に聞いてみることにした。

清水医師は快く承諾してくれて、承諾書もすぐに書いてくれた。
翌日、じんじんは加藤さんが持ってきてくれたパンフを元に日本医大に問い合わせ
すぐに説明会へ行った。
説明会は日本医科大学で毎週3回、月火木曜に開催されていて、二時間ほどの説明のあと
希望者は9000円ほどで1クール分(90日分)を即日購入出来る。
その日も、満席、とは言わないが、かなりの混雑であった。

説明する側は、丸山ワクチン推進派なわけで、まあ、イイコトしか言わない。
が、じんじんは「これは今まで見てきた民間療法とは、明らかに違う」と感じた。
もちろん、それで治るのだったら正式に治療法としてみんなやっているだろうから
スネークマンショーじゃないが「効く人もいる、効かない人もいる」のは事実だ。
だけど、これだけの人数のれっきとした「医師」が、これは行ける、と感じて研究を進めている
という事実は、それだけでも「やってみる価値はある」と感じさせるに十分な迫力だった。

「これって、まず民間療法はおいといて、真っ先に着手するべき事じゃないか・・・」

どれもダメモトでやるのだとしたら、何から始めるかの判断は「どれだけ信頼できるか」
という事になる。
そう考えると、丸山ワクチンが「最初に着手するべき物」だという事は明白だった。

じんじんは、この一年、京子の病気に対していろいろ関わってきたが、これほど後悔したのは
初めてだった。というのも、丸山ワクチンが仮に「京子の体に効く物」だとしても
"Time is up." の可能性が高かったからだ。
説明会で紹介されていた症例を見ても、改善が見られるまで60日、90日というタイムスパンであり
少なくとも45日は様子を見る、という内容だった。

でも、やらない理由は無かった。
じんじんはワクチンを購入し、当日から早速投与を開始した。

じんじんは説明会での話を一通り京子に説明したが、京子は効く効かないより
希望をもって取り組めるものに出会えた、という事がうれしい様子だった。
じんじんは、それだけでも説明会に行き、ワクチンを買ってきた意味があると感じた。

説明会で症例の説明を聞いていた時の絶望感はなくなっていた。

- つづく -