大ガードの夜景 第65話  『 酸ヶ湯 』

京子とじんじんは成人の日の連休に京子両親を連れて青森の酸ヶ湯へ行く計画を立てていた。
世話になりっぱなしの両親を普段気軽には行けない行北国の温泉でゆっくりしてもらおう
という企画だった。
しかし、前日から京子母は風邪の様子で、更に東京は明日までに雪が15cmは積もりそう
という予報。京子母の具合が良かったとしても飛行機は飛ばないだろうし
それ以前に羽田まで行けるかも怪しかった。
当日、予想通り飛行機は欠航、京子母は熱が出て動けない状態で、じんじんは仕方無く
JASと宿にキャンセルの電話を入れた。

積雪は15cm以上あり町の中はほとんど雪国化していた。昨夜から出ていたと思われる車が
そこいらじゅうでスタック、渋滞をひきおこしていた。
京子はその積雪に目を輝かせた。「スキーやろう」一言言うとクロカンの板を引っ張り出し
準備を始めた。小春はツナギを着せて背負子に入れ、じんじんに背負わせた。

アパートの向かいに駐車場があり、そこも雪原になっていたが、更にその向こうには
畑が程よい斜面になっており、そこまで行くと一瞬、氷結した檜原湖にでも出たかの様な
解放感だった。
京子は2〜3回斜面を上ったり降りたりしていたが、よっぽど楽しかったのだろう
ここ何カ月も見せていなかった笑顔を見せ「今度はこのまま実家行こう」と言い出した。
もちろんスキーで公道を歩いていいはずはないが、裏道だし車来ないから行ってみようと
いうことになった。
道には轍が出来ていたが、それ以外の部分は十分に積雪があり、スキーのソールを
キズつける事もなく進む事ができた。道行く人も雪かきに出ていたオバサンも
驚きの顔でスキーで進む二人に注目した。京子はその反応も楽しくて仕方がない様子で
笑顔に得意気な表情も加わりとても病人とは思えなかった。
京子自身も自分のどこにこんなエネルギーがあったのだろう、と思うほどに
元気に動きまわれたのだが、翌日からはまただるさと腰痛の日々に戻っていた。

じんじんは翌週の週末に再び酸ヶ湯に予約を入れた。じんじん達は積雪のある時期の
酸ヶ湯には以前クロカンの板を持って訪れた事があるが、千人風呂という混浴の
大浴場は湯気で煙り視界が2m以下となっており、女性も気兼ねなく入れる状態だった。
脱衣所から湯船まで視線を気にせず歩ける、ということだ。
浴槽もおよそ半分の所で「こちらは女性エリア」と言う感じで見えない境界線が
ひかれてはいるのでヘンなオヤジが近づいてくる事も無かった。
混浴とは言っても湯治場なので、入っているのはほとんどが老人。湯船につかって
ぼーっとしていると、真っ白な湯気の向こうから全裸の老婆が音も無く現れ
頭の後ろを幻影の様に過ぎ去って行く・・そういう温泉だった。

前回じんじん達は青森までJRで行ったが、さすがに時間がかかるため
今回は飛行機で行く事にした。羽田に車を置き、青森駅からバスで酸ヶ湯に上がった。
酸ヶ湯は青森市内からバスで1時間くらいの場所ではあるが、八甲田山のすぐ近くで
全国的に見ても豪雪地帯である。道も酸ヶ湯までは除雪されるが市内を抜けると
アスファルトが見える事は無く道の両側も雪の壁になっているので
曇っていたりすれば、視界は全て白一色になる様な道を上っていく。

酸ヶ湯の宿は前回と同じ様に雪に覆われていた。京子は早速風呂へ行ったが
体調の悪さから、あまり長湯ができなかった。それでも両親と一緒の湯船に
入る事が出来て満足げだった。

- つづく -