大ガードの夜景 第52話  『 北へ(2) 』

和商市場は観光客向けの場所であるので早朝から開けている店は少なかった。
ご飯だけ買って、店を巡回しつつ海鮮物を載せいていく通称「勝手丼」も出来ない
状態だった。じんじんは田村商店でイクラを載せてもらうイクラ丼、を食べるため
だけが目的だったので、かなりがっかりしていた。5人は仕方なく入口付近にある
カウンターの寿司屋で適当に食うということにして店に入った。結果としてはまあまあ
うまい物が食えたので良かったが少々高くついたのは予定外だった。
釧路からはバイクと車でダンゴになって走るのもナンだしという事でバラバラに走った。
きりんちゃんは風邪で熱が出ているので今日は中標津のホテルに泊まり寝る事にした
ようだ。じんじん達もさっさと丘の上にテント張ってしまおうということで国道44号から
274号という最短ルートで中標津へと向かった。
じんじんが初めて北海道を自車で走って感じた事は「めんどくさい」という事だ。
北海道は真っ直ぐな道が多いのでラクなはずだと思っていたのだが、車ではバイクと
違って直線でも微妙なハンドル操作をし続けなければならず「めんどくさい」らしい。
バイクはその構造上の特性から「何もしなければ真っ直ぐ走る」ので、真っ直ぐを維持する
のに操作は不要なので、それをことさらに感じたらしい。
陽炎の向こうに見えた対向バイクのヘッドライトが真横を相対速度百数十キロで走り
去るのに1分もかかる様な道東の道。ある場所からある場所へという単なる「移動」そのものが
ここ北海道では意味を持って来る。実際ただ走るためにここへ来るという人間も多い。
走るだけならどこでも出来ると思われがちだが、走り移動する、という事が意味を持ってくる
「土地」となれば日本では北海道くらいしかないだろう。
そこで感じる意味というものは人それぞれ違うのであるが、それは「距離を走る」という
共通の事象から来るのではないかと、じんじんは考えていた。北海道を走るという事は
好むと好まざると遠距離走を強いられる。信号は少ないし道は真っ直ぐだし仮にスーパー
が30km先でも往復1時間はかからないであろう。それでも「60km走った」という事実だけは
確実に残り、そんな事であっても距離の持つ重さというものが関わってくるのが北海道の
特徴の一つではないだろうか。じんじんはそんなふうに考えていた。
じんじん達は中標津の町で一通り買い出しをして、町のはずれにあるナンチャラロード
とかいうあまりおいしくない回転寿司を食べた。ガイドとかではネタが大きくて安くて
うまい様な事が書かれていたのだが、うまいネタの寿司は明らかに高い皿に載っていて
安い皿は確かにネタが大きい物もあったが、たいしてうまくは無かった。
じんじん達は不本意ながらも腹ごしらえを終わらせると「いつもの丘」開陽台へと向かった。
中標津の町を抜け、空港脇から続く直線道路に入ると自然と気分が盛り上がってくる。
何分か真っ直ぐ走りつづけ突き当たりを左折。左側の森にチラリと見える直線道路を
横目で見ながら坂を昇る。京子はその直線道路が見たいのか助手席で真横を見ていた。
そして緩い左カーブで峠越え、その250m程先に開陽台への入口があった。
じんじん達は駐車場に車を止めると、グランドシート等少しの荷物を持って早速階段を昇った。
バイクなら脇の小道を駆け上がる事も出来るのだが、車の場合はここからサイトまで歩きで荷物を
運ばなければならない。それでもじんじんはサイトの一番奥にテントの場所を決め、どうにか
丘の住人となった。京子は展望台にある喫茶店「ハイジーの家」の母さんに小春を見せに
行ったら、ここは寒いから、と小春のためにベビー布団を貸してくれたとかで、布団を抱えて
テントに戻ってきた。小春用のキャンプ道具というのも特に無かったので、布団は重宝した。
じんじん達は車での子連れキャンプという初めての事に、いつものペースがつかめず右往左往
しながら開陽台での第一夜を迎えた。
難関は小春の寝かしつけだった。テントの中で添い寝するだけではぜんぜん寝つかない。
やはりいつもの様に外を抱っこで散歩しなければダメなのか!?。しかし外は大分強い風が
吹いていて気温も15℃くらいしかなさそうであった。じんじんは「試しに」と外に出てはみた
ものの「これは寒すぎかも・・」と一度ジャケットを取りにテントに戻ったくらいだった。
ところが当の小春はまともに風を顔に受けながら、あっというまに寝息を立て始めたではないか
「ね、寝てる・・」じんじんは寒いのでさっさとテントに戻ったが、ここからが問題だった。
縦抱っこから小春の水平感知センサーを動作させずに横抱っこにはしたものの、テントの入口が
狭く、抱いたままでは中に入れない。中にいる京子に受け渡そうとしたが小春のショックセンサー
が動作し起きてしまった。また外の散歩からやり直しである。じんじんが泣き始めた小春を
受け取りまた冷たい風の中に立つと小春はピタリと泣き止み目を閉じるのであった。
「外につるすハンモックでも用意しないとダメなのか!?」しかしそこは開陽台。そんな物を
つるす木は一本も無いのだった。

- つづく -