大ガードの夜景 第3話  『 切流 』

京子のつわりはさほど重くはなかったが、しょっちゅう吐き気に襲われていた。
会社に行っても気持ち悪くて仕事にならなかったり、かと思うと飲み会で
あぶらっこい中華がおいしく食べられたりもしていた。
特に症状が出やすかったのは車酔いだった。家が電気屋だった事もあって
小さいころから車には慣れているはずの京子だったが、ここんとこずっと車に乗るたびに
酔ってしまっていた。
そんな調子だったので、なかなかどっかに出かけるという事も出来ず
じんじんが大学の天文研の観測会に出かけるっていう時も家でじっとしている事にした。

それでもどうにか会社は休まず行っていた。会社の帰りにじんじんと一緒になって、関係会社から
出張で来ている友達と会うと「メシでも」とかいって終電までお茶したりと、吐き気さえ無ければ
いつもと変わらず過ごしていた。そんな明るい妊婦生活の幕開けと思っていたある朝
京子はトイレでぎょっとした。
出血・・・それも真っ赤な鮮血だった。半泣きになった京子はそのままベッドに戻ってしまった。
「どした、だいじょぶ?」声をかけてきたじんじんに「血が・・」しか答えられなかった。
もう遅刻寸前の時間だったが、じんじんは京子が落ち着くのを待った。
会社なんて電話いれれば済む。
結局その日は二人とも休みにして、少し休んだあと行きつけの産婦人科へ行ってみる事にした。

診察室から出て来た京子は小声で「切迫流産だって」と一言言った。
「流産?なの?」じんじんは言葉の意味がわからず聞き返した。「ううん、流産しかけてるだけ
・・・でも赤ちゃんは元気に生きてるから・・・そんなに心配いらないって」
流産が切迫してるという意味なら、日本語の組み立てから言って「切迫流産」っておかしいよな
「流産切迫状態」とかじゃないのか? そんな話をしながら家に帰ったが、しばらくは安静に
という医者の指示で京子はさっさと横になってしまった。

それから出血は毎日の様にあり、京子は会社を休んでいた。じんじんは出勤していたので
京子は起きて何かやって出血して寝るを繰り返していた。
じんじんも仕事がたてこんでいて、なかなか家の事が出来ず、京子に無理をさせて
しまっていた。久しぶりに仕事を休めた結婚記念日もじんじんは洗い物山積みに
したまま京子と一緒にゴロゴロしていた。イライラした京子が家事に手を着けようとすると
初めて「寝てなさいって」とヨロヨロ起きて来てゆっくりと家事をし始める。
「疲れてるのはわかるけど、こんな時くらいはちゃんとしてよ」京子はそう思いつつ
布団にもぐった。

明るく楽しいはずの妊婦生活が、ちょっと出血しただけでこんなにもつまらなくなるとは
京子はそれがなんとも情けなかったのだった。

-つづく-