大ガードの夜景 第36話  『 帰還 』

じんじんは一通り説明を受けたあと、ICUへ向かった。
中に入ると10ほどのベッドが一列に並んでいたが、室内は機器の音がするだけで静かだった。
そこに横たわるほとんどの人が、今自分がICUにいるという事を認識していないに違いなかった。
どの人も何かしら体からチューブが出ており、なんかヤバそう、な雰囲気が漂った部屋だ。
京子はその一番奥のちょっと広くスペースをとった場所で眠っていた。
じんじんは京子の顔を覗いてみた。
手術室から出て来た時と同じで、一仕事終えてぐったり疲れて眠っている様な感じに見えた。
なんとなくうっすら汗ばんでいる様にも見えた。

じんじんは京子を見ながら医者に言われた言葉を思い起こしていた。
あれこれ想像しても、結果は変わらない、まずは生検の結果が出ない事には
何も進まない、それは分かってはいたが、無意味に思考がぐるぐるしていた。
あと2年は無いかもしれない
という事については、思ってはみても、実感がわかなかった。
言葉の意味は分かっても、その事から派生する出来事があまりに多くてまとまらず
イメージにならないのか、それとも体がその事を考えるのを無意識に拒絶しているのか
それはじんじんにもわからなかった。

がんという病気にかかって、こうして抗ガン剤投与、手術を経験してきて
これはウソでも夢でもないと、見せつけられても、2年後に訪れるかもしれない別れ
についてだけは「あるはずはない」という漠然とした思いが頭を支配していた。
暮れに亡くなった同室の牛島さんの事にしても、だんだん食べられなくなり
点滴は腕から首に移り、個室へと移動せざるを得なくなり、そして死を迎える
というプロセスまで目の当たりにしていても、それは人の事で、自分の妻にあてはめて
考える事は出来なかった。

しばらくすると京子のお母さんが現れた。
二人でしばらく京子の顔を見ていたが、面会時間終了とのことで20時過ぎに
追い出されてしまった。
今回は医師の「念の為」という言葉を信じることにして、二人は病院を後にした。

次の日、京子は看護婦の呼びかけで目を覚ました。
「ここはどこ、私はだれ? 私は京子、でもここはどこ?」
なに?ICU? 話違うぞ! とは思ったものの、特に異変無しということで
あっけなく10時にはあの4階の病室に帰還することが出来た。
しばらくは安静にしていなければならないが、ここまで来てやっと生還したんだ
という実感がわいた京子だった。

- つづく -