大ガードの夜景 第35話  『 手術その2 』

2/3京子の手術当日は朝から雨だった。
朝9時、じんじんは車で飯田橋の病院へ向かった。
病院に着くと、すぐ病室に看護婦が現れ予備麻酔の様なものをしていった。
大きい手術なので全身麻酔をするのだが、その前にもなにやら必要らしい。
しばらくすると京子は、その薬のためにヨッパライのオヤジみたいにレロレロした
しゃべり方になっていった。全身が弛緩しているのかもしれない。
じんじんの指を握る手の力も次第に弱くなっていった。
11:00病室にストレッチャーがやってきて、京子は手術室へと運ばれて行く。
じんじん達は手術室の入り口まで着いて行ったが、帝王切開の時と違って
まともに声も出せない様子のまま中へと入って行ってしまった。

手術には4時間くらいかかるとの事だったが、夕方5時を過ぎても京子は手術室から
姿を現さなかった。
「長いな・・・」予定の1.5倍かかって出て来ないというのは、絶対に何かあったに違いない。
じんじんはそう思いはしたが、どうする事も出来ない。
ただ、待つしかないのだった。
輸血用の点滴をぶるさげた京子がストレッチャーに乗って現れたのは18時過ぎだった。
全身麻酔なので当然眠ったまま。
顔色は良くないし、大仕事を終えてぐったりしているかに見えた。
当初の予定では、そのまま一般病室へ戻るはずだったのだが出血が多く
ICUへ入る事になった。じんじんは執刀した担当医師が結果説明するという事で
手術室裏の部屋へと案内された。
執刀した笠原医師も長時間のオペに少し疲れた様子だった。
手術着のまま「こちらへどうぞ」とじんじんを促すとポラロイド写真を数枚並べた。
「手術は成功しました。」最初の一言でじんじんはとりあえず安心した。
笠原医師によると
まず膀胱と子宮の癒着があってそれを剥がすのに時間がかかった
出血が多くなってしまったのも、それが原因で、結局準備していた自己血800ccでは
全然足りず、一般の血液を8単位(1600cc)追加で輸血したとの事。
ICUに入ってもらったのは、出血が多かったので念の為、という意味で特に深刻な状態という事ではないのだそうだ。
また、虫垂も炎症の疑いがあったので切除。
肝心の病巣については、写真で説明した。
写真を見ると切除された女性のパーツ一式がステンの皿の上に広げられていた。
それは保健の教科書にあったあのイラストに良く似てはいたが、そんなに簡単な物ではなかった。
「ここが病巣です。」笠原医師が指さす場所は丁度子宮頸部向かって左側で
明らかに余計な物が出っ張っていた。
じんじんはそこで初めて、今まで説明されていた病状は患者に余計な心配を
させないための「方便」の様なものである事を悟った。
今までの説明では病巣は浸潤しているものの、外には出ていない、と言われていたのだ。
これだけ出っ張っていればエコーでも分かるであろう。
確かに、正確に状況を伝えたところで、今日までの処置は変わらないのだし
「今回の状況で」ありのままの事を伝えるのは意味がないと言えばそうなのかもしれない。
じんじんはそこで話を遮る事を思い止まった。
「リンパ節の方なのですが・・・」
病巣切除がうまくいったとすれば、あと心配なのは転移である。
今回はリンパ節も切除し生検へ回す事になっていた。
「正確な事は検査の結果を待たなければなりませんが、目視で炎症が認められました。」
一瞬の沈黙の後、笠原医師は続けた。
「もし、転移という事であると、長生き出来ない・・あと1年から1年半という所でしょう。」
遠回しではあるが「もうあきらめて下さい」とこの医者は言っているのだ。
医者には目視で明らかに転移だとわかったに違いないのだ。
さっきの写真の事もあって、じんじんにはそう感じられた。
基本的な説明はそれで終わったが、後の言葉はじんじんの耳には入らなかった。

-つづく-

今回は番外編として、京子の10年日記から
手術当日の日記を紹介します。
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とうとう、手術の日。特別な感情は働かない。ただ、もどって来たときのための
準備に忙しい。10:15 肩に注射。ヨッパライのおじさんみたいに、ロレツ
まわらなくなる。でも、Jinといろいろ話したい。Jinの指にぎってたい。
げんきだよ、大丈夫。手を振って、小春が生まれたのと同じ手術室へ。
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