大ガードの夜景 第18話  『 何でもやるぞ 』

新居への荷物搬入が完了し、じんじんは伝票に確認のサインをし代金を渡した。
最後のこの作業はその引っ越しのリーダーが行うのが常だった。代金と伝票を確認すると
リーダーはおもむろに名刺を取り出しニヤけながらじんじんに手渡した。
渡された名刺を見ると「長谷洋行」!?漢字は違うけど、じんじんと同姓同名。
「もしかして社長の・・?」そこの運送屋の社長は長谷という名前で、しかも「はせ」
ではなくて、じんじんと同じ「ながたに」だったので良く覚えていた。
じんじんはバイトだったが社員からは「社長の親戚か?」と密かに恐れられていたのだ。
その当時確か社長の子供はまだ小学生だったのだが、同じ名前だとは知らなかった。
同じ名字だからというだけにしては、今さっきリーダーが見せた様なニヤニヤ顔で
じんじんを見ていた社長の気持ちが、10年たって今ようやく分かった気がした。
その息子が今、目の前にリーダーとして年上の社員を率いて現れ、自分の引っ越しを
担当してくれていたのはなんとも感慨深い出来事であった。
「社長によろしく伝えて下さい」じんじんは笑顔でトラックを見送った。
杉並に越して来たので京子は黄助産院と、そこで紹介された豊島産婦人科に通う事になった。
賛育会もレトロだったが、この豊島産婦人科は先生がレトロだった。が、診察室にも
ジーパンとTシャツに白衣を羽織るという出で立ちでさっそうと現れ、歳は感じさせなかった。
最初に訪ねた日に診察の後、じんじんと京子をマルチーズ(初期型35万画素)で写してJPGを
フロッピーでくれてしまうという、いい医者だった。
京子は腰が少し痛かったので助産院で整体やハリを紹介してもらった。腰だけでなくて
体調そのものが良くなれば、出血も治まるかもしれないという東洋医学的な希望もあった。
紹介された整体は、バキバキとハードにやるタイプではなくて、ホントに効くんかい
というほどソフトな物だった。リンパ系のマッサージも同時にしてくれて、これが意外と
効くのであった。じんじんもつきあいでやってもらっていたのだが、3回目くらいから
あんなにつらかった朝がスッキリ起きられる様になったのだった。その効果でウデは信頼に
値すると思ったのだが「光線を照射する」とか「生体水」とか、眉にツバをべとべとに
つけて匂わせたくなる様なメニューも存在した。「太陽の光に近い波長の光で」なんて
言われても「だったら日向ぼっこのが健康的だし、タダっすよ」とか思ってしまう。
ハリにしても、家迄きてもらってやるのだが、出血の事を話したら「温灸」とかで
陰部をもぐさでいぶす様な事を勧められたり、どうもこの世界は良い点も多くある反面、
怪しい事が多過ぎる気がした。それでもやらなかったために後で後悔するのもイヤなので
値段の張らない範囲で「なんでもやってやる」と、それらのうちいくつかにチャレンジ
することにした。理系で大学出ている京子でさえ、手を出してしまうのだから、あまり
物事を知らない人たちは「推して知るべし」かもしれない。
こうして難病患者はお金吸い取られてしまうわけか、とこの業界の仕組みを身をもって
知った京子であった。
それでもさすがに「陰部温灸」は涙物(笑)で、とても続けられるシロモノではなかった。
温灸するにしても、せめて他のツボで代用したかった。余ったもぐさを捨てる京子の表情は
それを苦笑と言うのだよ、という見本の様な物であった。(じんじんも苦笑)

-つづく-